海外交流

エカテリンブルグ公演・同行記 森本滋子(和の輪理事)
  城谷さんが「露日協会エカテリンブルグ支部15周年」記念行事に招待された。

2007年11/1〜11/12、私も冒険の旅に同行した。

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今回数多くの家庭を訪問し、それぞれ心づくしの食事をご馳走になり、楽しい交流の一時を過ごしたことは普通の旅では得がたい体験だった。私はいつものようにリュックサックと小さなポッシェットのみ。
冬の衣類を吟味し手荷物10キロぴったり。20キロ分を城谷さんにあげた。成田からモスクワへ約10時間。
モスクワで乗り換えて、エカテリンブルグへはアジアの方向に2時間半の飛行。午前2時に到着。
深夜にも拘らずマリーナ先生とパートナーのセルゲイそしてバラの花束をもって2人の女子学生が出迎えてくれた。 この二人はこの旅の間よく手伝ってくれた可愛いカーチャとイーラだった。
エカテリンブルグ支部会長のマリーナ先生は、ウラル大学日本語教授。15年前に、一人で「露日協会エカテリンブルグ支部」を設立。現在会員1万人。近隣に20ヶ所の支部があり、今やロシア中で1番会員が多い。
滞在中のスケジュール表を渡され、城谷さんも私も初めて10日間の日程がわかった。
日程にはワークショップ、稽古、公演、学校訪問、大学訪問、家庭訪問、見物、コンサート、バレー鑑賞など盛り沢山。
わたしが個人的に最も心を動かされたのが、“穴”。その地に行けるとは思ってもいなかった・・・・。

11月3日、着いた翌日の午前、イーラの車で郊外の“ガニナヤーマ”に行った。ガニナは地名でヤーナは“穴”。革命軍に捕らえられた、ロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ2世一家7人の終焉の地。永く秘密にされていたが近年掘り起こされて「DNA鑑定の末、皇帝の遺骨はサンクトペテルブルグの寺院に納められた」と日本の新聞で報道されたとき興味が湧いた。しかし、遠い所なので、到底行けるとは思わなかった。

若いころ”追想”という映画を観た。
イングリット・バーグマン扮する記憶喪失の女を、詐欺師のユル・ブリンナーが「ニコライ皇帝の娘、アナスタシア皇女」と触れ込むという話だが、この事実が明らかにされていたら絶対出来なかった映画だと今思う。
今やたくさんのロシアの人たちが献花に訪れている。まさに、ここで殺された皇帝夫妻と5人の子ども達・・・
掘り出された”穴”を見つめていると、歴史の過酷さをつくづく感じた。

イーラは、日本語を勉強しているウラル大学の学生で、のちに招待を受け、夕食をご馳走になった。
彼女の家には、部屋中至る所に日本語の単語の紙片が貼ってあり、日本語への熱意がうかがわれた。
お母さんの作った夕食は出身のベラルーシ料理。とても美味しく頂いた。
卓上には別荘で採れた果実で作ったジュースや蜂蜜があって、こんな暮らしがいいなと思った。

日本文化紹介の公演は、日本センターのミニコンサートも含めて3回。
11月7日のチェリビンスク公演は吹雪の中200kmを日帰りで、共演者も当日探し、会場は450席の劇場。満席。
以前から知り合いのマラト君がその町に偶然住んでいて、再会できた、しかも大変な協力を得て何とか終えることが出来た。
演劇大学へ行き授業をして、当日出演して貰う学生のオーデション。
劇場に移動して、TVのインタビュー、劇場との打合せ、出演して貰う学生達に、振り付けして、開演25分前に小夜子さん自身の支度。
開演まで時間の綱渡りだった。小夜子さんは何も言わずよく頑張ったと思う。
そうそう、この日の雪が、初雪といっていた。私たちへの歓迎の白い雪だったと思う。

エカテリンブルグ公演には素晴しい共演者が揃った。エストラーダ劇場(750席)専属の男女のバレーダンサー達だ。バレーのレッスンで鍛えた優雅で見事な肢体の持ち主。男性は「歌舞伎立ち回り」女性は「日本舞踊”三番叟”」

私はビデオ撮影と、ロビーでのアトラクション”書道”で見本から希望する漢字を書いてあげるお手伝い。

大勢の人が殺到して顔を上げる暇も無い。
日本舞踊、歌舞伎の立ち回り、早口言葉、ワークショップと、日本文化を惜しまず紹介し、プログラムの最後は盆踊り「東京音頭」。
大勢の観客が舞台に上がって見よう見まねで踊り、大いに盛り上がった。
小夜子さんは沢山の賞賛と花束を抱えて楽屋に帰ってきた。
楽屋にはポスターにサインを貰おうと共演したダンサー達が待ち構えていた。

最後の打ち上げは、マリーナ先生のマンションでシャンパンとお寿司で「乾杯!」
20人近い学生達は、この日本文化紹介の催し物の成功に、興奮していた。夜中まで飲み、食べ、語り合った。
別れの時が来るのを惜しんだ。私たちの心は一つだった。

マリーナ先生の周りは、日本に興味を持ち日本語を学ぶ若者であふれている。10日間を殆ど日本語だけで過ごし、それで意思疎通がスムーズにいく外国の心地よさをしみじみ思った。
冒険に満ちた旅だった。だからこそ、今は充実した思い出となっている。
もう一度、マリーナ先生、ブリヤート人のアニャ、双子のマーシャとダーシャ、新婚のユーリア、マリーナ先生のパパとママ。美人のアーニャ、カーチャ、ガーリア、イス、ジーマ、バロージャ、オリガさん、バレーのマリーナ先生、みんなに会いに行けたらいいな、と思っている。


城谷小夜子:
森本さんは、わたしに自分の20キロ分をくれるために一緒に旅に行ってくれます。
それでも着物、帯、足袋、小道具、三味線、ビデオ、テープ、カメラ、お土産とすぐに40キロを超してしまいます。
森本さんは、今回もビデオや写真をたくさん撮ってくれ、記録が残りました。
露日協会の会員さんや、ウラル大学の学生さんたちが、私たちをこころからお世話してくれました。みんなは、私たちの日本語をとても聞きたがっていました。
森本さんが自費で一緒に行ってくれたことと、露日協会エカテリンブルグ支部に「折り紙代」として多額な寄付をされました。マリーナ先生に変わって、心から感謝します。
森本さん、ありがとうございました。

そして、応援してくれた日本の友人のみんな、ありがとう!
ロシアを始め、世界との交流は、まだまだ続きます。着物抱えて、日本伝統文化のすばらしさを広めます。
またがんばります。ありがとう!

2007年12月吉日
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