過去の記録

近松門左衛門280年忌 「大経師昔暦」
日本のシェイクスピアといわれる近松門左衛門が亡くなって、今年は二八〇年にあたります。
近松は100本以上の戯曲を残しました。当時の庶民の生活と事件をあつかった「世話物(当時のホームドラマ)」を書いたはじめての戯曲家でもあります。和の輪は、去年の「心中天網島」に引き続き、姦通ものの代表作といわれる「大経師昔暦」を上演します。
280年忌をご一緒にお過ごし下さい。

2004年11月16日(火)
きららホール(JR船橋駅前)214席
開演時間 午後2時  午後6時半


【プログラム】
近松門左衛門280年忌に寄せて
 〜 休 憩 〜
近松門左衛門の名作シリーズ゙NO3「大経師昔暦(だいきょうじむかしごよみ)
出演: 城谷 小夜子(しろたにさよこ)(和の輪代表)
藤舎 花帆(とうしゃかほ)(東京芸術大学邦楽科博士課程)

☆ 主催は、和の輪のファンクラブ「和の輪ツイてる会」・・・
この会は、参加費無料、入るのもやめるのも自由な自主的な運営です。
この公演をボランティアで応援しようという方、いつでも参加できます。
具体的には・・・稽古見学、勉強会参加できます。相談会に出席して、出演者やスタッフ応援者と交流。チケット宣伝のお手伝い。当日表方の手伝い。打ち上げに参加。メールで申し込んで下さい。
info@wanowa.org

8月  チラシ完成
9月  チケット売り出し
11月  稽古見学  役割分担
11月16日  本番 打ち上げ
2005年9月  カナダ・ツア
2005年10月  東京公演(芸術祭参加)
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2004年11月16日初演「大経師昔暦」パンフレット

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藤舎花帆さんの感想
城谷さんにお目に掛かったのは去年の4月始めでした。「91歳の日本画」!!白鳥映雪先生のモデルをさせて頂いた絵を、共通のお知り合いの方と観にいらして下さったのがきっかけです。白鳥先生は「日本の美しさを残していかなければ!!」と情熱をいつも胸に秘めていらっしゃいますが、私も日本の伝統に携わる者として感銘を受けていました。
その時は今回のこの「大経師昔暦」をご一緒に創れるとは思いもしませんでした。
その後、入院していた病院にわざわざいらして下さって、心から励まして頂き、誰の言葉よりも力になり、それは今も私を支えてくれています。
そんな状態だったのに、一緒に舞台をやろうねと話を進めて下さっていました。決して口にはされませんが、本当は出来るのだろうかと心配されていたのではないかと思います。 どんな時も私を信じて下さって、支えて下さったので、この舞台を勤めることが出来ました。
実際にお稽古を始めてからは、あまりに二人の息が合うので驚き、信頼感が更に深まったように思います。そんな訳で、必要以上にお稽古はしませんでしたよね!!
本番が近づき、スタッフの方とお目に掛かるようになり、城谷さんを取り巻く方々の心の暖かさ、直向な一生懸命さ、結束力の固さ・・・
挙げれば限が無いほどで、様々なことに感動していました。プロの方々ではないので、慣れずに大変なことも沢山あったかと思いますが、プロの方以上に心が篭っていてそれは舞台に出ていたと思います。全ては城谷さんのお人柄なんだと言うことが良く分かります。
この舞台では早替、笛の演奏、ナレーション・・・と鼓や舞以外でも色々と経験させて頂きました!!いつもの演奏とはまた違う世界でとても楽しく、のびのびとやらせて頂き、沢山のことを学び、私の貴重な財産がまた一つ増えました。
やっぱり舞台は気持ちが良いですねぇ(^○^)
今まで近松の作品は歌舞伎などを通して数々観てきましたが、この作品はとても分かりやすく、また人情味が良く出ていて、非常に良くまとまっている作品ですね!!
次回の公演では更中にバージョンアップさせてより良い作品にしましょう!!とても楽しみです。
最後になりましたが、城谷さん、米津先生、中島さん、仲沢先生、荒武さん、篠田先生、阿部さん、たけさん、神戸さん、花澤先生、支えて下さった皆様有難うございました。

藤舎花帆
(小鼓・鷺の踊り・ナレーター・笛 )
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スタッフの感想
篠田 裕
(千葉工業大学・和の輪正会員・近松を偲ぶ会実行委員・解説・資料提供・パンフレット印刷・プロンプター・ポスター製作・名札&めくり作成・etc)
心と心は合ひながら、考え隔たる車のうち。
縁の初めは身の上の舞台の初めとなりにける。

米津先生宅へ伺う車の中で、「『蘆に鷺』に秘密がありそうだ」と話したら、「あっ、そこはカットした・・・」で、憮然とした私。 そんな私めが、いつのまにか舞台上で解説することになろうとは・・・・。
「OHPを使った発表を何度も経験しているから、そこそこ出来るだろう」と考えた私が、浅はかだった。完膚無きまでに(?)しごかれて、美人の宇田川さんに助けられて、今、安堵の吐息が漏れています。
日頃学生にうるさく指導する立場から、全く逆の立場になったのは、自分にとって大変な収穫になりました。結婚式以来の袴も、仲沢先生に着付けしてもらって、七五三と、お正月が一緒に来たようだ。
だから、「和の輪」から離れられない(?)
楽屋で手を合わせて集中し、顔つき・言動まで変わっていく城谷さんを見て、解説を安易に引き受けた自分を反省した。
けれど、名ばかりのプロンプターを努めながら、「出番は絶対にない」という確信に似た感覚が間違ってはいなかったことは、誇れるかも。
ジョーはなぶさ、神戸、中島さん等のプロ集団の仕事振りを、そばで見せてもらえたことも、良い刺激になりました。
次回の「大経師昔暦」は、舞台袖からではなく、客席から鑑賞したい。
けれど、その時もまた、汗拭く格好で持ち込んだタオルが、目に行ってしまうんだろうなと、今から思いやられます。
 
荒武 恵美子
(和の輪理事・衣装製作・着付け)
「大経師昔暦」の公演が無事終わりました。
今回は、衣装製作や舞台裏での早変わりのサポート、黒子と役目が次々と加わってきて、今までの表方だけではわからなかった裏での大変さや緊張感など、良い体験ができました。
衣装もとても良かったとほめていただきましたし、プロの着付けのコツを教えていただきながら手伝うことができて、よい勉強になりました。
いつものことながら、関係スタッフの方々の気持ち好さに感謝です。
でもやっぱり、一度は客席で観劇したかったですね。
 
森本 滋子
(和の輪理事・城谷舞台助手)
私は城谷さんの助手として、舞台の袖で三味線を受け取ったり、衣装の着替えの手伝い、楽屋においては衣装の手入れ、整理などを担当しました。慣れない私は、台本を片手に、手違いのないようにと必死でした。観客として観れなかったのは残念でしたが、前日の稽古の様子を観て、いい舞台になると感じていました。終了後の友人達の感想を聞いて、いい舞台だったと確信しました。
城谷さんの素晴らしい財産が、出来たことを喜びたいと思います。
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【大経師昔暦】制作ニュース
 
11月16日(火)
2004年11月16日(火)船橋きららホールで行われた近松没280年記念「大経師昔暦」は、満席のお客様の中、暖かい拍手で無事千秋楽を迎えることが出来た。次の目標は2005年九月カナダ、大阪、京都、そして東京公演。
巡演の企画書近々発表。近松の原作に興味のある方たちにぴったりの舞台。耳と目で「わかる」「面白い」近松が和の輪の舞台です。

・2004年11月の初演の舞台つくりに協力してくださった方がた。第1弾(順不同)

★米津千之先生、先生のおかげで、この作品が深いものになりました。この作品は、先生が作ったものです。どうしたらもっとよくなるか、もっともっと教えてください。

★阿部英夫さま、何で私を泣かせるかっこいい人なんでしょう。ジョーさんがいなかったらとてもとても幕が開きませんでした。それほど大変大掛かりな芝居になりました。評判はとてもいいです。阿部さんのおかげです。心配りに本当に感動しています。またご挨拶に行きます。

☆神代初美師匠、無事終わりました。浄瑠璃三味線がこんなに爪を酷使するものとは知りませんでした。でもわたしは弾き語りをもっと勉強したいと思います。

★ジョーさん、いやぁ、苦労かけました。神経高ぶっているわたしをなだめながら、お付き合いくださいまして、ほんまにおおきに。忙しいでしょうが、これからも変わらずお付き合いください。

☆藤舎花帆ちゃん、ちゃんと朝起きられることを信じています。もっと一緒に成長しようね。世界は花帆ちゃんを待っている。

★大石様、仕込みとばらし、助っ人おおきに。やっぱりいてくれるとほっとします。

★篠田裕先生、慣れないことなのに、バンバンだめだししてごめんね。先生の資料提供がこの作品を膨らませてくれました。

★古仲さん、最後の荷物卸までご苦労様でした。いつもほんまに助かっています。

★中島詩元興さん、明日朝4時からの仕事、ご苦労様。しばらくゆっくりしてね。でもいい音作ってくれてうれしかった。

★神戸保ちゃん、佐藤さんいいね。高橋圭子ちゃんとも再会できてうれしかった。再演をもっと楽しもうね。照明苦労させました。感謝です。

★花澤佐吉師匠、三味線ケースありがとうございます。ほんまに助かりました。今回は作曲から指導から舞台稽古も来てもらい本当に助けていただきました。これからもご指導お願いします。

☆仲沢祥子先生、いやぁ、今回の成功に大きく貢献していただき感謝です。ゆっくり休んでください。

☆荒武恵美子様、衣装評判いいです。なれない事をたくさんやってもらいごめんなさい。ゆっくり休んでね。

☆蓮見喜代江さん、くたびれたでしょう。この作品の成功はホールにあります。このホールを教えてくれた功績大です。和の輪初めての千葉公演、見事に成功。長一郎さんにも感謝の言葉を伝えてくださいね。おおきに。

☆乙部さん、17日の午後3時に行きます。まぁ、ほんまに今回もお疲れ様でした〜。

☆森本繁子さん、今回もまたお疲れ様でした〜。懲りずにまたよろしく〜。ほんまに長い付き合いになりました。「昔の女」から知っているのは、乙部さん、金本さん、福井ちゃん、そして森本さんでしょう。

☆宇田川太江子さん、解説よくやってくれました。美しかった。どんどんうまくなった。今朝急に頼んだ仕事も見事にこなしてもらい、ここと強いったらありません。またご一緒に!

☆相川勢津子さん、群馬からおおきに。よくやってくれました。これからも助けてくださいね。

★秋谷正希さん、☆多英子さん、駅に立って、ホールへのご案内、一番寒くて大事の仕事ご夫婦で嫌がらずにやってくださり感謝です。お二人のおかげで、助かったお客様が多かったと思います。正希さんには搬入もてつだってもらいありがたかったです。

★相澤友夫さん、たくさんたくさんお客様を連れてきてくれて本当にありがとうございました。

☆堀口れいこさま、大事の花帆ちゃんお借りしました。よくやってくれました。お迎えご苦労様でした。

☆田邊富子さま、受付ご苦労様でした。また来てください。

☆櫻井禮子さん、1日付き合ってくれておおきに。また来てください。

☆武田保子さん、1日ご苦労様。もっと勉強して1歩ずつ成長していこう。

☆藤井禮子さん、また手伝ってね。

☆テーマ曲のさゆちゃん、すばらしい歌が出来ました。わが娘の作った曲にほれるなんて、幸せです。また頼むね。

・チケットをたくさん買ってくださった実効委員の皆さんです。

★田中米春さんおおきに、また遊びに行きます。

★福井丈二さん、まいどおおきに。

★金本光弘さん、近々ランチなどご一緒に。

★重政行雄さん、アイデアたくさんおおきに。

★理事の斎藤晴朗さん、ロシアのガーリャと杉さん、はるかちゃんとの再会をさせてくれておおきに。どんなに懐かしくうれしかったか。

☆着物提供してくれた池本美奈子さん、ぴったりの着物です。

★宮下長昭さん、長〜くおつきあい願います。

★段下さん、また一緒に芝居作り楽しんでください。

アイデアをくれた何人もの方たち、今回も近松さん送り込んだとしか思えないようなたくさんの素敵な人が集まりました。
再会もたくさんありました。特に砂田直規さんとの再会は、楽しいものでした。アイデアがわきました。次の作品を一緒に作ってもらえる強力なバリトンさんです。
40件に近い広告提供者の方たちにも感謝です。一番遠いところからの応援は、北海道旭川市の三浦光世先生(三浦綾子文学記念館館長)と旭川家具のインテリアセンター会長の長原實さん。
この作品には、人々の琴線に触れる何かがあります。きっとたくさんの人たちに見てもらうことになりそうな予感がします。
 
11月12日(金)雨
のどの調子がいまいち。昨日稽古終了後、一気にアイスコーヒーを飲んだ。のどを急激に冷やしたことが一因。今日も稽古。せりふの曖昧なところを覚えること。そして三味線の稽古。腹筋を鍛える毎日。さぁ、今から練習だ。今夜は早めに休もう。
 
11月11日(木)
文化センターで午後から夕方まで通し稽古。急遽解説に決まった宇田川太江子さんも参加。「芝居の中身がわかってよかった」という。 初めて頭から通した。三味線がどうしたの?というほど音が出ない。浄瑠璃三味線と言うものはこんなに演者によって音の差が出るのかと、愕然とする。今日は三味線がうまくいかないことで芝居に大きに影響が出てしまった。このことは十分起こりうることだから、影響受けない自分を後2日間で作ろう。花帆ちゃんとのコンビネーションは抜群にいい。踊りも素直だし、創造する楽しみをお互いに感じながら稽古できると事は幸せだ。仲沢先生、荒武さん、よくやってくれた。今回の早変わりを、今日稽古できたことはよかった。プロンプをおねがいした篠田先生が大学の授業でこられないので、乙部さんにやってもらう。まだまだせりふが泊まる。あと2日間で完全にクリアしよう。ちょっとのどが痛い。明日は少し身体を休めながらせりふと三味線の稽古に集中する。 稽古終了後、乙部さんと打合せ。すべて順調。和の輪の未来への希望も語る。がんばろう。(^0^)9 おー!
 
11月9日(火)
今日は、大道具を借りに行く。
GPの搬入と仕込み、大石さんが手伝ってくれることになる。ありがたし。夕方から佐吉さんの稽古。急遽新しい曲を入れる。まったく無謀なことをやろうとしているのかもしれない。しかし、素人の大胆さで出来るのだろうから、今はこの大胆さを恥ずかしげもなく披露しよう。
佐吉さんが14日の総ざらいに来てくれることになり心強い。
 
11月8日(月)
荷物を出した。これで安心。ついでにUSAとカナダ行きの荷物も半分作る。まったく落ち着かない人生を送っている。いて座&B型特有の生き様ね。
 
11月7日(日)
稽古。冒頭の解説を、プロジェクターを使わないことにする。宇田川太江子さんに解説の手伝いをしてもらうことにした。本日はじめて稽古。宇多川さんに当日着てもらう着物も決め、篠田先生とよく会うコンビの誕生。
5時過ぎに照明の神戸ちゃんが来て、解説を見てもらえたのでよかった。芝居の変更部分の打合せをする。
中島さんが6時半に来て、パンフレットの校正をまずやる。仕事が早い。
そして、序幕から稽古。
わたしのせりふはまだまだしっかりしていない。
第2幕が54分かかった。5分ほどカットする必要がある。帰宅してこまごまとまたせりふをカット。
明日もう一度覚え直しをする。
11日の全体稽古までになんとせりふを身体に叩き込むこと。
明日は踊りの振り付けと、三味線の稽古。
いよいよ残りが秒読み状態となった。
チケットの出はぴたっと止まっているが、心配はしていない。
丁度ほどのいいお客様で満席となるだろうと予測する。
流れをよくすることとメリハリ。
思い切ってやろう。あと1週間だ。
LAのビルとSFからメールが来る。偶然二人とも来週日本に来るので会いたいと言う。今は、なるたけ何でも受けようと思っているので、きっと会えるだろう。
挟み込む原稿も明日仕上げて、11日に印刷してしまえば気が楽になる。
車の手配も出来、宿の手配も出来た。とにかく何でも早め早めに終えていくこと。
 
11月6日(土)
ひたすらせりふ覚え。
 
11月5日(金)
せりふ覚え
 
11月3日(水)
江東区文化センターで稽古。狭い部屋。
夜みんなそろって稽古する。衣装のこともできたし、花帆ちゃんと踊りの打合せも出来た。初めて踊ると思えないほどなんだか息が合うのは不思議な感覚。
 
10月31日(日)
稽古。稽古するごとにどんどん面白くなる。
大分せりふをカットした。
動きのアイディアがどんどん出てくる。
田中米春さんの家に借りていた本を返しに行く。真向法や大極拳を教わる。
夜、パンフレットの解説のことを考えた。明日打ち込みをしよう。明日の予定は、パンフレットの原稿を仕上げることと、図面をコピーすること。
銀座で取材を受けたあと、銀座ガスホーで朝重さんと友路師匠の会に出席。
いよいよ明日から11月だ。
乙部さんから「八月十五夜の茶屋」の企画届く。丁度今日、そろそろ企画書作って営業しなくてはと考えていたのでありがたい。和の輪はスタッフメンバーが大変充実して来ている。
 
10月30日(土)大雨
阿部さんに電話して、黒地がすりの相談。
稽古は夕方から。
昨日のあの雨の中、新宿の花帆ちゃんの稽古場で一気に打合せと稽古が出来た。
荒武さん、仲沢先生が花帆ちゃんの衣装あわせ。鷺の衣装、仲沢先生が素敵なのを持ってきてくれた。ありがたし。花帆ちゃんによく似合っていた。振り付けについてもかほ「がんばりま〜す」といってくれたのでなんだかうれしい。
野澤松也さんが雨下駄、雨傘、雨コートで登場。幕開きのところを三味線ではじめることにしたので、その相談。花帆ちゃんとの合奏するところも聞いてもらう。
最後の幕切れは三味線をぐっと短くした。私が成長したらもっと伸ばそうと、花帆ちゃんと約束。
中島詩元興さんが来て、頭から音の打合せ。花帆ちゃんに、子供の声で歌って貰ったり、読んでもらったり、篠笛や鉦も貰ったりした。中島さん、ずいぶん安心したと思う。帰りの車の中で、中島さんと大いに語る。
 
10月29日(金)
午後まで原稿書き。今回の会場になる船橋のキララホールへ。道にまた迷い、少々遅刻。みんな待っていた。
会場をもう一度見る。平台に黒パンチカーペットがひいてある舞台になっていた。やっぱり黒の地がすりが欲しいと思う。
8人で地下1階のレストランで打合せ会議。
船橋駅からフェイスビルに入るのがわかりづらいという。駅案内が必要だが、人手が足りない・・・。みんなになんとか自力で来てもらうしかない。
チケットはほぼ完売。売り止めにする。開演2週間前で満席とは本当にありがたい。
打ち上げ場所もこのレストランに決めた。
 
10月28日(木)
午後から江東区文化センターで全体稽古。まず、衣装と結髪の打合せ。仮縫い。神戸さんが来て、照明打合せ。夕方から乙部さん、古仲さん、中島さんが来て、通し稽古。みんながおすしやお菓子、お茶を持ってきてくれて、十分潤った稽古だった。三味線はうまくいかない。「最後の三味線やめた方がいいかもね。」「そうですね」とはっきり中島さん。「きついなぁ」「きびしいもんですよ」まさに。大いに検討余地あり。
「なんかバラバラなんだよね」の古仲さんの一言が問題提起的発言だった。どうしたらいいのか・・・どうしたら観客が眠くならないようにできるのか・・・・
2幕目が長い。せりふの大幅カットを考えよう。
 
10月27日(水)
稽古。篠田先生と解説の内容を決める。夕方に中島さんも来て、音のうちあわせと、パンフレットの打合せ。
 
10月26日(火)
一人でせりふ覚え。事務処理をこなす。
アメリカに電話。かずちゃんと契約書のことで打合せする。沖縄や横浜などあちこちに電話。
 
10月25日(月)
文化庁の来年度申請の説明会に行く。その後、乙部さんの事務所で常任理事会。「大経師昔暦」の今の状況と、「来年度企画」の話し合いをする。
 
10月24日(日)
朝、7時半にエフミさんにならまで送ってもらう。9時半に尼崎に着く。朝食を摂り 広済寺に向かう。水田かや乃先生と再会。
受付で塔婆供養をお願いすると、「そんなに所縁のかたなら・・・」と、お焼香をさせてもらえることになる。赤い花をつけてもらい、お弁当券まで頂く。
吉田文雀さん到着。話が出来る。あとで写真撮りましょうと言ってもらえる。そしてそのとおり、法会が終わりお墓での供養も終わったとき、「写真摂ろう」と誘ってくださり、「人形の左手持ちなはれ」と手を持たせて頂。和生さんに写真を取ってもらえた。人形は確かに生きていた。とても色っぽい香華を確かに感じた。こんな幸せなことが私の身に起こることを、まったく想像していなかった。
小早川圭子さんとも会え、「ええ、偶然なのぉ・・・導かれているわねぇ」と驚かれた。
こもち山姥 廓噺の段「八重桐」を小さな会館で上演。千歳大夫、三味線は宗助さん。人形、大夫、三味線と勉強するべきとことがいっぱいで、目が3つ欲しかった。
勉強になった。このめぐり合わせに手を合わせた。さぁ、せりふ覚えだ。
 
10月23日(土)
朝10時にチェックアウトして、タクシーで近松さんのお墓参りに行く。尼崎の広済 寺は、紅白の幕がかかり、たくさんの人たちが大掃除の最中。聞けば24日が大法要祭という。吉田文雀さんの都合で、2年前から10月の最後の日曜日になったという。初美師匠のおうちに行き、24日のことを話す。すぐに和生さんや文雀師匠に連絡をつけてもらえた。午後3時まで稽古して、奈良・柳本のエフミさん宅に行く。おすしをご馳走になる。
来年の奈良公演については、11月4日に第1回目の実行委員会を立ち上げるのだが、すでに10人集まっているとのこと。大丈夫、これで公演成功と直感。
食事を終えてエフミさん宅に帰り、新潟地震のことを知る。なんということ。すぐに家に電話するが、大変かかりにくくなっていた。やっと通じたのだが、東京はなんとも無かったという。新潟の人たちはどんなに不安な夜を過ごしているだろうかと、申し訳ない気がした。
 
10月22日(金)
一番の目的は、浄土宗の本山の水谷総長にお目にかかること。山城高校の宍戸先輩のご尽力によりご紹介していただけることになったのだが、総長のスケジュールがわからず、とにかく京都に飛んだ。あいにく台湾に行かれて不在だったが、秘書の豊川さんに会えて手紙を渡すことが出来た。先日お世話になった黒谷・西住院の戸川住職のお寺を訪ねたところ丁度在宅で、お目にかかれた。
「東岸和尚の意味を考えたんだが、西の岸があの世のことだから、東岸とはこの世の意味じゃないかと・・・」なるほど! おさんと茂兵衛の命を助けるということは、この世にとどめるということだ。・・・すごい、一つ疑問が解けた。
丁度その日は「時代祭り」。
紫式部と清少納言を見た。飛天の衣装のイメージもわいた。荒武さんに「飛天の衣装のイメージが湧いた」とすぐに電話。
三宮に向かった。初美師匠のおうちで稽古。22日は三宮のホテルが全部満杯なので、尼崎のビジネスをとった。夜10時で稽古を終わり尼崎に移動。
 
2004年の秋の日
あいている日が10月22日〜24日しかないと、急に思い立って、京都、神戸の旅 に出ました。「大経師昔暦」に関係する写真がたくさんとれました。人との出会いもたくさんあり、面白いことになっています。 近松門左衛門さんに導かれたような不思議な旅でした。
 
10月11日(月)
篠田裕先生と一緒に台本整理。解説の内容も決める。パンフレットも充実したものになりそうだ。台本の気になるところが整理され、せりふ覚えにいよいよとりかかれる。台本を読み、テープに入れた。なんとかここ1週間で覚え、16日ごろから立ち稽古に入りたいなぁ。花束観劇も明日から目標30件で協力者を募ろう。きっと応援してくれる人たちが現れる。浅利慶太さんいわく「われわれはいい芝居をやっているのだ」私もこの自覚を持って、みなに協力をお願いしよう。これから毎日10件電話をかけ続けること。10月中に200人の人たちに、この芝居のことを話そう。近松さん、私に勇気と時間を与えてください。これこそが「日本伝統文化を生活の取り入れよう」と呼びかけるプロパガンダとしての私の本業ですから。70通の手紙を出す。
 
10月10日(日)
「万歳」の振り付けをする。扇は、尺でいいかと思う。お能の謡用の扇を求めるかどうか、もうちょっと考えよう。
ドナルド・キーン先生に手紙を書く。キーン先生の著書「古典を楽しむ」のなかで、近松門左衛門の原文での舞台上演を期待するという一文があり、これぞまさに和の輪がやろうとしていることと、力を得た。1990年に出されている本で、すでに読んだ本だが、当時は意識が無かったので、ピンとこなかったのだが、今私に必要な本なので、目に付いたのだと思う。
 
10月8日(金)
仲沢祥子先生と、髪のスタイルを相談。日暮里のトマトさんで衣装の生地を買うのにも付き合ってもらう。いいものが見つかった。舞台用の黒の生地もあったし、毛氈代わりのフェルトの赤生地も見つかった。
14日に荒武恵美子さんに生地を渡し衣装制作に入ってもらう。衣装のことはこれでOK。
 
9月20日(月)
台本は決定した。今日はこれから、パンフレットにあいさつ文を書いてくださった豊竹嶋大夫さんに会いに半蔵門の国立小劇場にいく。初めての御目文字で少々緊張している。篠田先生が、近松が描いたらしい「蘆(あし)に鷺(さぎ)」の絵を見つける。大阪・淀屋橋の美術館にあるとのこと。樋口節子さんことせっちゃんが、台本の校正を手伝ってくれた。(彼女はプロです)しかも、貞享元年の年の暦屋が舞台の話の大きな歴史的意味も、せっちゃんが指摘してくれた。貞享暦は、それまでの暦は、天動説の中国の暦だっかが、800年間に2日間もずれるという粗雑なもので、正確な暦の必要性から、渋川春海が一生を費やし、「天経惑問」という地動説を唱える天文学などの取り入れ、ついに、日本初の暦をつくり、これが日本で認められたのが、貞享元年10月29日のこと。「大経師昔暦」は、貞享元年11月1日、新暦を配る大忙しの日に起こった事件としている。せっちゃん曰く
「それにしても、暦の話って、面白いでしょ?これは、元々天文に興味のあった私が、校正の仕事をしているうちに、目覚めた分野なの。暦=時間の管理は、古代以来国家の基本的な仕事の一つだったのね。」
暦産業が、大きなビジネスであったことがよくわかった。

2人が処刑されそうになるときに、京都黒谷の和尚が飛んできて、おさん・茂兵衛の命を助けるが、これこそ「年忌浄瑠璃の特徴」としている解説書もみつけた。もう少し詳しくこの辺のことを知りたい。今では歌舞伎も文楽も、「暦歌」も最後の場面もカットされているので、今の人たちは、実は近松の原作では2人の命を助けていることを知らない。この物語を、不義密通の話、とだけ捉えている。まったくそうでないことが、調べが進む中わかっていった。篠田先生の指摘から「蘆(あし)に鷺(さぎ)」の意味がわかり、その後、米津先生との話し合いの中から、「鷺がこのドラマを象徴しているが、仏教のほうからいえば、飛天思想があり、西方浄土思想と観世音菩薩思想があり、近松はそのことまで描いているのではないか」と指摘された。近松は、当時の人たちの、日常の苦しみや悲しみを、芝居を見ることでカタルシスとして、非日常を提供し、少しでも人々の苦しみを救いたかったのかもしれない。暦屋さんがなぜスポンサーだったのか、といういきさつも、よくわかった。

スポンサーからの制約があったであろうに、それをチャンスとして、時代の大きな移り変わりを物語りに込めることが出来た近松の筆のすごさに、私は震える。さすが近松、只者ではない。

それにしても、この作品をより深いものにするために、近松が2004年の今、人を集めてきてくれている感じがしてならない。幕開きの音楽もうまく録音できたようだし、野澤松也さんが抜群の「暦歌」を作ってくれた。25日に藤原さんのスタジオで録音。衣装&美容で、今回も仲沢祥子先生に協力いただく。チケットの売れ行きも順調。近松さんの280年忌に集まるべき人たちが集まって、近松さんを供養したい。「しんどかったよね、でもほんまにようやらはりなしたなぁ」と。近松さん、どうぞ来るべき人たちを集めてくださいね。近松さんの糸でつながる人たちが集まれば、必ず次のインスピレーションがみんなに与えられるものと、確信していますので・・・。藤舎花帆ちゃんとの稽古ももうじき。天才的なかほちゃんがきっとすばらしい鼓を鳴らしてくれるだろう。美しい舞台になる。この物語にこめられた哲学をしっかりつかめば、世界中の人たちに「慈悲」思想を物語から伝えていくことが出来る。来年はカナダに行く。欧州からも招待が来るだろう。

浄瑠璃三味線の稽古も順調。

事務を手伝ってくれる人がほしい。週2日午前10時から午後1時くらいでいいんだけれど。今すぐ〜11月25日ぐらいまでとりあえず急を要している。

城谷小夜子
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近松没280年「大経師昔暦」公演(2004年11月16日)
スタッフの横顔
神代(こうしろ)初美(はつみ)
浄瑠璃監修
「万歳」「暦歌」編曲
「心中天網島」で出演してもらったのがご縁で弟子入りした。淡路島出身で鶴澤友路師匠(人間国宝)に子供のころから習い、天才子役といわれた浄瑠璃の申し子。海外公演も多く、弾き語りが出来、また浄瑠璃作曲の第1人者である。
篠田裕
解説・資料提供
本職は千葉工業大の先生。和の輪正会員。偲ぶ会実行委員。「蘆に鷺」がこの作品の鍵であることの発見者であり、創造過程で多くの資料を提供してもらった。解説とプロンプターもやっていただく和の輪を支えるメンバーである。
ジョーはなぶさ
舞台監督
知り合って長い。海外公演にも一緒に行って貰った。誠実で腕がいい。阿部英夫さんの秘蔵っ子だけのことはある。
中島(なかじま)詩元興(しげお)
効果・音響
作曲・編曲・効果・音響・録音・デザインまで頼んでいる。マルチ才能をもった、穏やかな人柄は和の輪の人気者。今回のテーマ曲は中島さんの編曲によって完成した。またこの舞台は、効果音によって、大いに助けられている。パンフレットの仕上がりも上々。次回作も頼むつもりでいる。
荒武(あらたけ)恵美子(えみこ)
衣装製作
和の輪理事。いつもエレガントでやさしいムードメーカー。今回衣装製作をお願いした。仕上がりのいい仕事。それだけで済まず、舞台助手、早変わりの手伝いもお願いした。
乙部順子
制作
和の輪副代表理事。小松左京先生の秘書と先生の会社の代表取締役をこなしながら和の輪の運営を受け持っている。世界の文化団体との交渉や政府への申請など和の輪の国際部長でもある。
蓮見喜代江
サポーター
キララホールを勧めてくれた大恩人である。偶然のこととは思えないほどのぴったりのタイミングであった。今回は立ち上げからすべて手伝ってくれた心強いサポーターであった。今後ともよろしく〜。
阿部(あべ)英夫(ひでお)
監修
和ものをやっていくのにいつも相談をしている大事の人。歌舞伎をこよなく愛して大道具の棟梁として一筋の道を歩き続けている。男気がありかっこいい。今回の作品も監修してもらった。これからもずっと教えと乞いたい。
さゆ(城谷(しろたに)小百合(さゆり))
テーマ曲作曲・歌
シンガーソングライター。若いアーティストに新鮮な感覚でこの作品のテーマ曲をもらった。今後和の輪での活躍が期待される新しい才能。
神戸(かんべ)保(たもつ)
照明
仕事のやり方や感覚が似ているし、照明の色もきれいに仕上げてくれるので安心して任せている。「心中天網島」からの付き合いだが、今後も和の輪の舞台を一緒に作っていって欲しい人材である。
仲沢(なかざわ)祥子(さちこ)
結髪・着付け
段取り抜群。結髪と着付けを安心して頼んでいる。気風のいい明るい江戸っ子。2年前の養成所の卒業公演で初めてお願いし、去年の「心中天網島」今回、と3本続いている。ますます和の輪の舞台に欠かせないスタッフである。
花澤佐吉
三味線演奏
昔からの知り合い。初美師匠の編曲を完成させてもらった。特に「暦歌」では、演奏録音をお願いした。現在城谷は東京で三味線を教えて貰っている。腕がよく、きちんと教えてくださり、作曲もお得意と言う3拍子そろった演奏家である。
宇田川太江子
解説
急遽、解説をお願いした。「私でお役にたてば・・・」と快く引き受けてくれたところが、きっぱりと生きている宇田川さんらしいところと思った。華があり、明るく、品がいいので、導入の幕開きにぴったりの人である。
 
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近松を偲ぶ会 発起人会
3月10日(水) 6時開場  6時半〜8時40分
司 会: 金本光弘 武田保子
〈お迎え〉 城谷小夜子 斉藤 相澤 金本
〈受 付〉 乙部 荒武 森本
〈場内席案内〉 蓮見 秋谷  櫻井 武田 今枝
〈音 響〉 中島
〈写 真〉 古仲

*****プログラム******
5分【挨 拶】
乙部順子 (和の輪副代表理事)
・今までのいきさつ
  女殺し 〜心中天網 そして大経師昔暦へ。
・今後の和の輪の方向について
  成功へのご協力のお願い
6分 【近松への案内】
武田保子
・近松門左衛門という人と時代について
15分【私と近松】
城谷小夜子(和の輪代表)
・大経師昔暦への意欲  特別ゲスト出演  野澤松也氏
10分【近松を偲ぶ会組織と予算について】
金本光弘
★代表、副代表 委員を決定しました
代 表: 齋藤晴朗さん
副代表: 蓮見長一郎、喜代江夫妻 相澤友夫さん 秋谷正希さん 金本光弘さん 
実行委員: 秋谷多英子さん、宇田川太江子さん、篠崎浩一さん、鈴木教子さん、田辺富子さん
★予算について・・・・別紙参(乙部さんから説明、お願いも含めて)
《休 憩》 コーヒー・タイム (この間に名刺交換・挨拶)
40分★★ 自己紹介   みんなで話し合い
3分【閉会】斉藤さん
☆2次会のご案内 
「あさくま」デニーズの斜め向かい、本屋さんの敷地内
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「近松を偲ぶ会」発起人会にご参加の皆様
きょうは、とても楽しかったです。ほんとうにありがとうございました。 11月に向かって、がんばりたいと思います。

相澤友夫さん、ご祝儀おおきにぃ。おかげで帳尻が合いました。
秋谷多英子さん、実行委員お世話様です。よろしくお願いいたします。
秋谷正希さん、確定申告の直前にもかかわらずご参加おおきに。
荒武恵美子さん、着物姿ステキでした。
今枝みとさん、お会いしたかったので嬉しかったです。
宇田川太江子さん、実行委員お引き受けくださり、感謝です。
乙部順子さん、次なる山に向かいます。
金田敏彦さん、暖かい励ましおおきに。
金本光弘さん、司会ご苦労様でした。いつもおおきに。また会社に行きます。
川口真理ちゃん、アメリカに向けてがんばろう。
古仲裕二さん、写真おおきに。
小林賢太郎さん、再会できて嬉しかったです。
斎藤晴朗さん、ロシア気をつけていってらっしゃい〜。
櫻井禮子さん、又手伝って下さい。今日はおおきに。
重政行雄さん、いつもながらの面白いご提案、感謝です。
篠田 裕先生、これからも心強いサポーターでいて下さい。
鈴木教子さん、エジンバラの再来です。たのんます。
武田保子さん、今日はご苦労様。では15日に!
田中米春さん、又近々遊びに行きます。
田中美佐子さん、パパの付き添いおおきに。
田辺富子さん、実行委員よろしゅうに。ステキな本おおきに。
中島詩元興さん、ということでまた大経師昔暦もよろしく。
野澤松也師匠、今日はご一緒して下さり感謝です。16日、よろしゅうに。
蓮見長一郎さん、励ましのことば嬉しかったです。
蓮見喜代江さん、小林さんを誘って下さり感謝です。
福井丈二さん、しっかり仲間に入ってくれて嬉しいです。
藤井暁夫さん、今日はいつもにましてかっこよかったです。
藤井禮子さん、人形おおきに。大事に持っていきます。
三須礼子さん、久しぶりであえて嬉しかったです。服に合ってましたよ。
森本滋子さん、いつもおおきにぃ。電車間に合いましたか・・・。
篠崎浩一さん、おみやげおおきに。実行委員よろしゅうに。

みなさま、この出会いが、何かよきこと、美しいことに繋がっていきますように・・・
ほんまにおおきに〜。
3月10日 城谷小夜子
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解説の宇田川太江子さんと
篠田裕先生


16日初日に阿部さんが
来てくれた!

夜の8時に総ざらい終了
さぁ、荷出し


15日舞台稽古「万歳」


15日照明の高橋圭子ちゃんが
助っ人に。
乙部、森本、ロシア仲間


10月29日実行委員会
(船橋で)


墓参文雀師匠 お人形さんで


広済寺での大近松墓前祭
10月24日


広済寺本堂


文雀師匠と小夜子
人形の手を持たせてもらい


水田かや乃先生


米津先生 藤舎花帆さん
城谷小夜子打合せ


黒谷の山門






まず食事


受付:荒武恵美子理事(左)
森本滋子理事


三味線


全員写真


みんなで撮影1


みんなで撮影2