過去の記録

近松公演制作ニュース

10月19日(日)  
昨日、7人でパンフレットつくりをしました。
蓮見喜代江さん、来てくださり感謝です。蓮見長一郎さん「手伝いにいってやれ」と奥様を派遣くださったとのこと、心がうるうるしました。
斉藤晴朗さん、車椅子を持ってきて下さり感謝です。これで友路師匠の安全が確保されました。しかも手伝いまでしていただき、ありがとうございました。
乙部順子さん、疲れませんでしたか?小松先生を東京まで見送り、その足で駆けつけてくださり本当に感謝です。乙部さんに紹介してもらい、去年お世話になったロサンゼルスの八塚淳子さんも、23日に見に来てくださるので、楽しみです。
芳賀ちゃん、今回、演出助手から、パンフレット執筆、制作助手、舞台監督助手までたくさんの仕事よく手伝ってくれてありがとう。昨日も印刷芳賀チャンがいなかったら、わたし一人でもっと疲れていたわ。ありがとう。
古仲裕二さん、ワゴン車本当に助かりました。A4 2000枚と、B4で3枚、1200部の両面印刷となると、紙も重いし、量もあんなになるとは!しかも完成したパンフレットと、台本を23日まで預かっていただき、わたしの神経的な負担が減りました。
そして、今回の活躍がすごい武田保子さん、疲れていない? 帰りの車の中でせりふ覚えに付き合ってくれてありがとう。昨日、パンフレット出来上がった後、わたしも流石に疲れて、稽古できませんでした。仕方ないよね。パンフレット作りが最優先課題でしたから、「これでよし」といたしましょう。
中島さん〜!中島さんが全部作ってくださったんだけれど、すごい才能。ほんとにほんとにほんとにほんとに感謝です。今日の夕方出来上がりのパンフレット見るの楽しみにしてね。

ということで、パンフレットができ、車椅子が届き、座椅子も買い、黒子も用意でき、初美師匠用の湯のみ茶碗も確保でき、肩の荷が少々おりました。
今日は午後から関根さんに付き合ってもらい、「橋づくし〜心中」の振りを固めます。21日の師匠たちとの稽古で、わたしのセリフがなくなるかもしれませんが、それもまたよし。臨機応変に、師匠の言うとおり、何でもできるように、と覚悟しています。わたしの俳優としてのレベルが試されるのが21,22日です。

残念ながら、稽古見学、お願いした方以外はできません。
乙部さん、荒武さん両日ともOKでしたっけ?

21日 午後1時から5時
義太夫部分打ち合わせ稽古。
出演者6人 芳賀、神戸(照明)+1、中島(音楽)
ビデオ撮影者 写真撮影者
22日   午後1時から5時
総ざらい出演者6人  芳賀 関根 神戸(照明)+1、中島(音楽)大島(舞台監督)+歌舞伎座から数人
ビデオ撮影者 写真撮影者

23日からの表方の総責任者は・・・乙部順子さんですので、すべて乙部さんに集中してください。
裏の責任者は、私ですが、荒武恵美子さん、武田保子さんと一緒に、お茶のこと気遣ってください。今回コーヒーメーカー出します。(初美師匠、コーヒー必要なのです)
よろしくお願いいたします。

10月18日(土)  
10月16日の朝日新聞 夕刊 ぴいぷる に今回の近松公演のことで注目していただき、記事が出ました。 小夜子「ぶうちゃん」の顔で載っています。
東京と千葉県だけかも知れませんが、もし朝日新聞を取っておられたら見てください。
本日、午後3時からプログラムつくり、その後稽古します。時間のある方東陽長の稽古場に来てお手伝いお願いします。
あさって、師匠たちが上方から到着です。初日まで秒読みです。

秋谷さん 乙部さん 荒武さんは全日OK

23日 宮下さんOK 愛智さん、後藤萌ちゃん、9時に来てください。藤原さんOKでしたっけ?
寺島玲子さん 11時に来てください。
24日   12時集合 宮下さん 藤原さん 寺島さん 後藤萌ちゃん  井上さん
25日   12時集合 宮下さん 寺島さん 本田裕美子さん 岩崎靖弘さん 矢倉さん
26日   12時集合 岩崎さん 後藤萌ちゃん 井上さん 

吉田さんいつ可能でしたっけ?
鶴岡さんビデオの件、どうなりましたっけ?
藤原さん 昨日は本当にありがとう。楽しかったです!近松もなるたけビデオ撮ってください。23日からよろしく〜!

この体制で参ります。あとそのときに手伝ってくださる方がこられたら臨機応変にお願いします。

10月17日(金)  
近松公演があと1週間で初日です。昨夜、淡路島の友路師匠とお話し、直接口三味線で、お稽古させていただきました。とてもお元気で、耳のしっかりしていて、すごい90歳です。近松の原文にあるとおりのいい曲ができました。
さて、おかげさまで、チケットの売れ行きもよく、
23日24日、25日昼は「売り止め」とさせていただきます。
25(土)7時と26(日)1時は少々お席あります。26(日)4時がありますので、よかったらこの時間でおいでください。
当日売りもいたしますが、「立ち見」の場合もありますのでご容赦ください。
なるたけなら、チケットを事前におとり下さい。
インターネット予約が簡単です。 http://www.wanowa.org
  電話は 平日のみ047-368-1361
FAXは、047-368-1361 土日も受け付けます。

9月16日(火) 地震起こらずほっとする
芳賀ちゃんと関根さんに稽古付き合ってもらう。1人で何役もやるので、わたしがよほどしっかり位置関係を把握していないと、観客席からも人物が見えてこない。芳賀ちゃんの指摘は的確。いいアドバイザーだ。体力勝負。毎日腹筋トレーニングをやっている。昨日から稽古はさらしを下腹に巻く。お腹に力を入れる事が大事なのだ。チケットも順調に動いている。不思議な魅力に引き寄せられて、いろんな人達が劇場に足を運んでくださるだろう。それだけの魅力のある作品だ。近松を身近に感じている。中島さんの音楽も、面白い。今日子守唄の取り直しをする。「声がかぶさる」という演出もうまくいきそうな予感がする。衣装が決まる。明日、松竹衣装の石島貴子さんに見てもらう。昨夜初美師匠と電話。師匠とバトル中とのこと。いいことだ。道行、どんな具合になるか、未定。師匠に任せる。きっと面白いことになる。私の頭は、仲沢祥子先生が毎日来て結ってくださることになる。ありがたし。いろんな方のお力が集まり、すばらしい舞台が出来るのだ。どんどんお客様が集まりますように。
昨日は18年ぶりの阪神優勝。みんな、みんなと感動したいのだ。明日は築地本願寺さんで「平和の願い」の集い。再会と新しい出会いが待っている。みんなで平和を願う。「安全だからけんかも出来るんだね。安全が揺らいだら、みんな感謝だよね」と、娘の小百合が言った。まさに!今日の安全に感謝。どうぞ明日も無事でありますように。
9月12日(金) 死ぬほど暑い
この暑さは異常だ。早く秋になってほしい。
今日は、1日中チケットのお願いの電話。評判がよく、幸先がいい。
注文のあったプロモーションビデオもやっと送れたので、ほっとする。
昨日、芳賀ちゃんと台本つくり。順調。人手さえあればどんどん片付く仕事ばかりだ。
和の輪の制作をやってくれる、財務に長けたいい人が、きっと飛び込んできてくれるだろう。果報は寝て待てというので、それまでは自力でがんばろう。
プログラム作成を早めにする。あとお客様のお出でが確実になれば、芝居に集中できる。
振り付け、17役の個性つくり。役を深めること。来年の企画。
明日は新聞社・演劇評論家に手紙を書く。
9月8日(月)  
音楽打ち合わせ。音が見えてきた。今日は、人物の音を決める。おさん、小春、治兵衛、太兵衛、・・・三五郎と、父親の音がほしい。
15日の稽古で音を取り、大和屋の段の切れで、ちょっと面白い事をしてみたいと思う。中島さんも「おもしろいかも」といってくれる。
うまくイメージ通りに出来上がる事を期待して・・・。
乙部さんと、チケットの出し入れについて確認。HPから、残数確認できるようにしてもらう。早く満席のステージばかりになる事を期待する。

9月7日(日)  
近松公演の案内を全国の方たちに郵送する。
同封したものは、(1)ご挨拶状 (2)公演のチラシ (3)チケット入手方法 (4)新聞記事 (5)和の輪ニュース (6)申込はがき 今日全部出す事ができる事を願う。
完全台本を作り、関係者に送ること。パンフレットも出来るところは早めに作っておくこと。芳賀ちゃんの原稿来週には出来るだろう。
小松先生の原稿もいただける。小早川さん、米津先生、ツイてる会のメンバー紹介。

9月6日(土)  
荒武さん、芳賀さん、関根さん、安達さん、原田さんが発送を手伝ってくれた。関根さんが、1ステージNGなので、芳賀さんをオーディション。合格。なかなかう
まくなっている。発声と歌のレッスンを地道に続けている効果がしっかりと出ている。声がよくなった。俳優は結局、日頃の意識的な訓練を積み重ねることでしか、成長はない。
台本を離しての稽古。関根さんにプロンプターをしてもらう。完璧ではないが、まずまず覚えられている。もっと毎日覚えよう。先輩の俳優さんに言われたように、「覚えて、忘れろ」。

8月31日(日)  
近松公演の案内状の住所書きをする。アドレス帳がきちっと整理されていないので、いつも考えながら出している。アドレス管理が急いで解決しなくてはならない課題だ。

8月30日(土)  
中島さんと音の録音。おさんの子守唄は勿論のこと、男の売り声も、子供の笑い声も、一人で入れる。音操作で変える事が出来るそうだ。すごいね。香港大学で、「河庄」と「紙屋内」の段をやろうと思うが、「音どうしよう」と相談したら、テープで流せるよう作ってくれることになり、ホッとする。
芝居には、どうしても照明、音響、舞台監督、衣装、かつら、大道具、小道具、劇場・・・とたくさんのスタッフの助けが必要なのだ。
11月の香港大学のように、一人で舞台に立つ場合、一番困るのが音。1本のテープを流しっぱなしでいい事になり、問題クリア。

8月29日(金)  
初美師匠に電話。道行で、動きを入れる事を相談。そのほうがいい、といってもらえる。作調もほぼ出来上がったとのこと。楽しみ。
初美師匠は舞台が多く、お忙しくされている。
9月12日に神戸で、友路師匠との舞台があるそうだ。曲をもらってから、ふりをつける。
広島の滝淵先生から「小山観翁先生に連絡ついたので、連絡してください」電話あり。
ありがたし。

8月27日(水)  
米津先生のご自宅へ出演者3人で行き、台本の最終決定。近松の案内文に、エピソードを足すこと、1653年、1724年に、日本や世界ではどんなことがあったのか、入れること。
道行で、私が二人の動きを入れること、と発展的なアドバイスをいただいた。

8月26日(火)  
総会の終わったあと、稽古見学。いろんな方から意見を言ってもらう。古典のわかりにくさをどう克服するのか。その人の教養により、理解がまったく違う。しかし、古典を仕事とする人間は、わからないというフラストレーション克服のために努力を惜しんではならない。
原文を尊重しながら、観客にこびたり、観客の教養を低く見たり、どうせわかりにくんだと投げたりしないで、古典もつ面白さ、深さ、長い年月風化しないで残ってきたすごいものを、今の人とたちと分かち合う努力を、古典にかかわる全ての人と続けよう。
 私が、17役をもっとくっきり演じ分けられたら、わかりにくさはもっと克服できる。
ドラマを知ってもらうこと、知らない観客にも楽しんでもらえるよう、もっと工夫する。

8月23日(土)  
東陽町で稽古。中島さんも参加し、音を入れてもらう。

8月19日(火)  
近松の稽古順調。
初美師匠から昨夜電話があり、作調も順調に進んでいるようだ。面白くて不思議な出来事が起こった。初美師匠が、見巧者の方に、「道行なのに、1丁1枚(一人の三味線と一人の太夫)はおかしい」といわれたくないので、初美師匠が、昔の道行きのことをあちこちの資料館で調べていたとき、会館の人に「どちらの方ですか?」ときかれたので、「竹本です。義太夫です。」といったら、なんと宛名が『竹本義太夫様』と書かれて初美師匠に届いたので、「差出人は近松門左衛門と違うか」「いや、近松半二やろ」とみなで話した、と。
 いやぁ、不思議!
何で竹本初美師匠の住所に、竹本義太夫の名前で手紙が届いたの? その神戸の資料館の人が歴史的に有名な竹本義太夫が、289年前に死んでいるとしらなかったってことが不思議。
 やっぱり今回のこの舞台には、「義太夫がツイてまっせぇ」とメッセージを送ってきてくれたんだな、と感じた次第。
いよいよこの舞台の成功を確信した。次は『近松門左衛門』さんから手紙が来るかも。天はまったく、誰の手を借りてメッセージを送ってくるかわかりませんから、本当にこの世は面白い。

公演のチラシが完成。チケットも売り出し、順調。(ご注文は喜んでお受けします。1ステージ150人のお客様にごらんいただけます。全部で7ステージ。全席自由)

どうぞぜひともたくさんの方に、この舞台のことが口伝えで広がることを願う。
大阪NHKさんに鶴澤友路師匠(90歳・人間国宝)の番組を創ってほしいと、お願いする。なんといっても、上方の浄瑠璃の最高の方が、新作「心中天網島」に90歳で挑戦してくださるんですから・・・今まさに私たちがその奇跡の起こる現場に立ち合わせていただけるという、こんなすごいことは人生でめったと起こりません。
人間の持っている可能性のすばらしさを映像に残してほしいし、舞台を見るチャンスが私たちには与えられているけれど、そのチャンスに恵まれないたくさんの人達のためにも、NHKさんにがんばってほしいと、強く願っていま〜す。

舞台装置は、歌舞伎座の阿部さん。文楽の決まりの床を作ってもらえることになり、小道具もOKで、私が思い描いたようなシンプルでいい舞台装置を作ってもらえるす。阿部さんは舞台稽古にも来るとのこと。「えぇ、歌舞伎座の棟梁がこんな小さな公演につきあってくれるの!」ありがたし。私の心がうるうる・・・。
照明は、高橋圭子さんが都合が悪くなり、いろいろあった末、神戸保さんに決定。
あたりがやわらかくて、舞台が大好きな意欲的な方です。明かり打ち合わせもとりあえず出来てよかった。
舞台監督は、私の大好きな窪田さん。フリーで、歌舞伎座専門の方です。ロシア公演も一緒に行ってもらい、腕と人の良さに惚れ惚れ。
「近松への案内」の稽古はもうばっちり。鈴木さん、武田さんの名コンビに、影マイクで、物語りを関根さんに読んでもらう。関根さんには、当日のアナウンサーとプロンプターも頼みますが、かわいい優しい声の人で、心が和みます。
当日の照明助手はアンソンくん、香港からの留学生で、現在日大演劇学部の2年生。過去いい若者。日中を繋ぐ期待の星。
当日の舞台監督助手は、和の輪の芳賀くん。作家志望でもあるので、パンフレットの原稿も依頼。がんばってくれている。
7月25日(金)〜27日(日)  
米津先生の前で「心中天網島」を上演。やはり河庄の段が「人間関係が複雑で、耳でだけ聞いたのでは少々わかりにくい」と指摘される。
実際、河庄の段と、紙屋内の段を演じると結構きついものがある。おさんがよく書けているので、紙屋内の段は十分わかるし、伝えられるだろう、と。やはり大和屋の段は、語り部を入れてやろうと思う。
8月末にもう一度米津先生のおうちに伺い、せりふを聞いてもらおうと思う。人間の心と魂に響く舞台をみなで創りたいと思う。最高の舞台にしたい。
照明の高橋圭子ちゃん、出られなくなる。「ごめんなさい」と沖縄から電話あり。さて・・・どうするか。いい方と出会えますように。急いでチラシの印刷をストップかける。
インターネットで、チケット購入できるようになる。たくさん申込がきますように。
7月19日(土)   
唐津市にある近松の遺言により、遺髪を納めた遺髪塚のある近松寺(きんしょうじ)にお墓参りに行く。近松はどこで死んだかはっきりしていない。しかし、このお寺になぜか近松が遺言して遺髪を納めたという。不思議な因縁でお墓参りできたことをよろこぶ。「心中天網島」の台本をささげ、無事成功裏に初演が収まることを願い、来年のUSA公演と巡演が感動の渦の中、千秋楽を迎えることが出来ますようにと、願った。芝居をやらせてもらうということは、おおきなはからいの助けが必ずあるものだ。今回は因縁が絡み、近松さんのサポートを受けているように思えてならない。なぜか近松寺の近くに泊まったのだ。呼び寄せてもらった。あとは鯖江市と萩に何かの縁で行けるだろう。
近松の人生と深い関係のあった土地は、尼崎、淡路島、京都、大阪、鯖江、萩、唐津。
そして、高松、神戸、大津、名古屋、大山町、金沢、福井・・・。
来年はUSA公演と近松ゆかりのこれらの町で舞台を上演させてもらいたい。奇跡が起こる。
7月13日(日)  幕切れ変更
神戸の竹本初美師匠に電話。幕切れを相談する。「あ、これは段切れになってる」と大賛成。今までにない「心中天網島」が出来上がる予感がする。サンフランシスコ公演をやりたくて、去年お世話になったシアター幽玄のスティーブンに連絡したいと思った途端、スティーブン本人から電話が入った。「今東京で狂言を勉強している」という。「わぉ、すぐ会おうよ」と、再会し、来年のサンフランシスコ公演を受けてくれた。近松さんのサポートを感じる。前回もそうだったが、なぜか偶然が重なり次のステップに展開していく。人々にはいつも物語が必要なんだ。今この物語を誰かが必要としているのだろう。わたしのしらな誰かが・・・。わたしの仕事は、天の手足となってインスピレーションにしたがって作品を生み出していくこと。人と人を繋いでいくこと。時を忘れる至福の時間を作り出しこと。作っていく過程を味わい楽しみながら。つまり雨も嵐も曇りもかんかん照りも人生には必要ということ。避けないで、怖がらないで、逃げないで、与えられた環境をいただくこと。近松はそのことを教えてくれている。

7月10日(木)  和の輪理事会&宣伝部会盛況
夕方午後5時から乙部さんのところで和の輪理事会。出席は、森本さん、荒武さん、古仲さん、秋谷さんの六人。第2期を終え、第3期の計画を発表。明るく元気にやって行きたいとの思いを事業計画に盛り込んだ内容。さぁ、実現するぞ。
続いて、ツイてる会宣伝部会。ぞくぞくとメンバーが集まる。
吉田まさ子さん、中島詩元興さん、寺島玲子さん、鶴岡里子さん、武田保子さん、スティーブン(サンフランシスコ在住)、重政弘之さんの計13人が参加。8時半にアルカディア市谷に食事に行く。いやぁ、楽しかった。みんなでわいわいやるとアイディアが次々と出てくる。やっぱ、こうでなくっちゃ。自分たちがまず楽しんでこそ、人を楽しませることが出来る。このところそのことを実感している。
キャッチコピーを変えることが決まる。「心中天網島ってどういう意味?」これがキィワードになりそうだ。そして「ネット心中がはやっている世の中だからこそ、この舞台を今やる意味がある」「この舞台のテーマは、愛」それをどういうことばで表現するか
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