過去の記録

2005年10月『大経師昔暦』
千葉工業大学 水工研究室の方の感想文
「大経師昔暦」の感想(飯野貴明)
 10月2日(日)に築地本願寺のブディストホールで行われている「大経師昔暦」を観に行きました。このような劇を観に行った事がなく、役者さんが一人で13役するなど興味深い話聞いていたので「日本のシェイクスピア」と呼ばれる近松門左衛門の劇を楽しみにして会場に行きました。初めて築地本願寺に行ったのですが、外観が思っていたよりもきれいで大きかったので歴史ある建物なのだと思いました。いざ会場に着くと思ってたより小さかったですが、人もたくさんいて、既に中央の席は埋まっており一般の人の興味の高さを知りました。このような文学を興味ある人はまだたくさんいるのだなと感心しました。自分は右の方の真ん中あたりに座ったのですが、席は観やすく座り心地もよかったので快適でした。そして会場は暗くなり講演が始まる感じになってきました。自分はこのような劇を観るのが初めてだったのでドキドキしながら待ってました。
 最初に第一部の松村賢治さん特別講演「近松の時代と暦」が始まりました。松村さんは旧暦のカレンダーを作成したり、阪神大震災を機に、新しいライフスタイルの創造を目指して都市と田舎の二重生活を始めたり、スローライフ・スローフードを奨めている方で、自分はそのような取り組みを知らなかったので初めて知ることができました。スローライフ・スローフードという考え方もこれからは大事なのだと思いました.また、松村さんはデンマークから日本までヨットで世界一周の旅をしたらしくすごいなぁと感心しました。その体験にも暦が深く関係していて、やはり自分が経験するのが大切だなと思いました.また、暦についても今日(10月2日)は8月29日で明日から冬になるや、旧暦のうるう年は384日あるなど様々のことを知ることができました。自分が一番興味あったのが、関ヶ原の戦いや本能寺の変にも暦が関係していたという所で、暦を計算して月がでてない時を見計らって戦いをしたというのに驚きました。このようなことから、暦というのはとても大事なもので私達の生活に深く関わっているのだと思いました。ちなみに自分の誕生日は旧暦で言うと、9月16日で一ヶ月も違う事に驚きました。暦はいろいろ奥が深くおもしろいなと思いました。これからも機会があれば暦とその時代ごとの関係などについて勉強していきたいと思いました。
 そしていよいよ「大経師昔暦」が始まりました。まず、一人全体の流れを説明する人がでてきました。初めにそのような説明があるとわかりやすくよかったです。次に、歌が流れたのですが現代っぽい歌だったので驚き斬新だと思いました。次に城谷さんと籐舎さんが登場して太鼓と三味線の演奏が始まりました。太鼓と三味線の共演は素晴らしく初めて聞いたのですがとてもきれいな音色でした。またそれぞれ一つずつでも音の強弱や高さの違いがありきれいでした。城谷さんの三味線は習って一年ぐらいと後で聞いたのですが、それを感じさせないできでした。城谷さんと籐舎さんの兼ね合いも息がぴったり合っていて見事でした。そのために、すごく練習したのが伝わってきてあまりの完璧さに感動しました。なにより素晴らしいのは城谷さんの演技。一人で13役を演じるだけですごいのに、それに加え三味線や踊りもあり想像以上に大変だと思いました。しかし、それを感じさせない演技やそれぞれの役の声や話し方、仕草などで観ている人にわかりやすく区別がついたので素晴らしいと思いました。また、籐舎さんも途中いろいろな所にでてきてアクセントをつけていて、太鼓の演奏も素晴らしくよかったです。自分が一番気に入った役は「黒谷の東岸和尚」で最後に登場して二人を助けるのがカッコ良く、いきいきと演技されているみたいでよかったと思いました。また、途中で踊りもあり優雅で美しく観ていて飽きなかったです。劇に夢中になっていたのであっという間の二時間でした。
 今回「大経師昔暦」を観に行って昔の暦や芸術を知ることができたのでとてもいい経験ができました。城谷さんが話す言葉や内容が昔の言葉でわかりにくかったり、聞き取りづらい所も多かったけど事前の先生のお話や鑑賞の手引きのおかげで話の流れなどはなんとか理解できたのでよかったです。そのため、だいたいは理解しながら鑑賞できたので楽しかったです。また、終わった後に城谷さんのお話をきくことができたのですが、城谷さんしかできない役というのがわからなく気になりました。今回の講演を観て自分はまだまだ昔の文学に対する知識が足りないと痛感しました。やはり日本の伝統ある文学などはこれからも大事にしていかなくてはならないなと思いました。機会があったらまた別の講演に行ってみたいです。貴重な体験本当にありがとうございました。
 
大経師昔暦を見ての感想(小釜恵嗣)
 今回このような日本の伝統文化を始めて見させて頂き、たいへん良い経験になりました。普段の生活ではあまり関わることがなく、気にかけて生活する時もないので日本の文化のすばらしさを感じさせられました。また、踊りや鼓にも私の中の日本人の心に響き日本の良さを再認識させられました。さらに、この時代のことについての知識を少し深めることができました。
 始めに松村さんから暦についてのお話がありました。松村さん自身旧暦のカレンダーを作っているらしく暦についいてたくさんのことを教えてくれました。暦と月の形には深い関係があり、関ヶ原の戦いや本能寺の変など戦には月の明かりがない新月の時に行ったなど歴史とも大変深い関わりがあり暦のおもしろさを感じさせてくれました。
 いよいよ舞台が始まり上之巻が始まった。上之巻は昔の暦の刊行の日だった。この日に実家からのたのみでおさんが茂兵衛にお金を借りてきてほしいと頼み、主人に無断で行おうとし、助右衛門に見つかったことから始まった。舞台では三味線と鼓の共演で始まりとても印象的だった。また、この時仲居の玉が茂兵衛をかばったことにより、話はますます人間の心情が感じられる展開になっていったと思う。以春の玉へよせる気持ちとそれを知り以春に恥をかかせようというおさんの気持ち、また、玉の気持ちを知りつつ、冷たくしていた茂兵衛が玉に感謝を伝えようとする気持ち。しかし、よく学校の古文の授業で習いましたが、この時代は夜の明かりは月だけなので、現代では起こりえない人違いによる大きな間違いが起こってしまった。舞台ではピカピカひかる中、城谷さんが激しく踊りながら服を一枚、一枚脱ぎ始め、その時の鼓の音が激しくなっていくのがとても印象的だった。そして、二人の駆け落ちが始まった・・。
 中之巻では、父母の親心が、古語なのであまり理解しにくい私でも舞台の城谷さんの演技で伝わってきた。現代では、親が赤ちゃんを車に残したまま遊びに行き赤ちゃんを殺してしまったり、子供がつまらないちょっとしたことで親をナイフで刺して殺したりなどと普通では考えられないような事件ばかり起こっている。得にこのような家族内での殺害が最近ニュースなどでよく耳にする気がする。そのような人たちにもこの舞台のこのような部分を見てほしいと思うし、私もそうだが、普通の人々は普段の生活ではあまり親の感謝を考えたりしないと思う。私はこの機会に自分の両親への感謝の気持ちを考えると共に、これからのことについて考える小さなきっかけになったと思う。
 下之巻では、奥丹波で住んでいたが、追手の噂などを聞き、ここから逃げるが結局は捕まってしまった。この瞬間、処刑という二人の運命が決まり、この後、葦に鷺の柄の着物を着ていて踊っている様子が二人のこれからの死を感じさせ、とても切なさと悲しさが表れているように感じました。しかし、おさんと茂兵衛は処刑になりかけたが東岸和尚のおかげで助かることができ終了しました。
 今回舞台を見させて頂き率直に思うのは、城谷さんの一人で13役をこなしている姿に驚き感動しました。役によって声の感じやその役の雰囲気を瞬時に作り切り替わる。また、一人なので役が頻繁に変わり、それを見ている私たちにもわかりやすく伝えることはどれほど難しいのだろうか・・、とても考えられない。また、膨大な量の台詞をすべて覚えていてそれに感情を入れるということ。表現者とはなんてすごいのだろうと思いました。
 また、踊りと鼓をやっていた花帆さんは東京芸術大学で博士課程を卒業され第一号の博士号を取得したこと知りました。なにより私たちと年齢がほとんど変わらないことに驚きました。パンフレットを見ると海外公演も多数行っているようで、舞台での堂々とした姿を見ると、歳がほとんど変わらない自分が恥ずかしいです。とりあえず私は目の前の卒業論文を自分なりに精一杯がんばろうと思います。鼓をたたいている様子をよく見ると、たたき方もいろいろあり掛け声もたくさんあることがわかりました。台詞の場面でいきなりテンションがすごく高くて驚きました。これからもっと海外の人々に日本のすばらしさを伝えてください。応援しています。
 今話したのは主に主役の人々でしたが、舞台に度々でてくる黒子の人々などを見ると、あまり表にはでないけど、舞台を作るには欠かせない存在で、一つの舞台をみんなで作るすばらしさを感じさせてくれました。私たちは土木工学科でいずれは物を作る立場だけれど、ひとつの建物をそれぞれの役割を果たし、みんなで一つの物を作る点では、もしかしたら共感できる部分があると思います。その時はみなさんのようにすばらしいチームワークでがんばれるように精一杯努力したいと思います。
 最後になりましたが、今回篠田先生のおかげでこのような舞台を見る機会を頂きたいへん良い経験になったと思います。これからもみなさんのますますの活躍と共に私たちのような人々に日本の文化のすばらしさを伝えてください。貴重な体験有難うございました。
 
「大経師昔歴」を鑑賞して(落合淳雄)
 はじめに私は大学生活の中で、いや人生の中で初めてこの日本文化に触れることができたと思います。有名な築地本願寺にて、まず普通の大学生では経験できないことを、私は経験でいたと思います。当日は上演15分程前に会場に私達は到着しましたが、お客様もみな気品のある方ばかりで、私達がいるのが不自然に感じました。たぶん私達があの会場で一番若いお客さんだったと思います。「大経師昔歴」については学校で篠田教授からあらすじをある程度聞いていたので、主演の城谷小夜子さんがどの位の演技力があり、藤舎花帆さんの鼓と美人な顔を見られることを楽しみにしていました。

 まず思ったことが最初に城谷小夜子さんと、藤舎花帆さんとの語りと鼓の組み合わせが非常に素晴らしく驚きました。藤舎花帆さんの鼓はただ単純に叩くのではなく、時には指先で、時には手のひら全体で叩き、場面に応じてリズミカルに鼓を叩き、他にも笛も奏でることができ、綺麗だけでなく才能もある彼女に、私は凄く感動しました。また城谷小夜子さんはそれ以上に驚かせられました。何役もの人物を演じながら、時には三味線も奏でることができ、とても驚きました。しかも長時間に亘る台詞を全く忘れず、時には猫の鳴き声を発し、完全に登場人物になりきり、まるで別の人間の様に演じていたのが流石だと思いました。あの演技力は私が一生努力しても身につかないだろうと思いました。藤舎花帆さんは音楽博士号を取得し、城谷小夜子さんは大阪文化祭賞奨励賞をもらい二人とも日本にとって貴重な財産になっています。この二人の演ずる「大経師昔歴」を私は鑑賞することができて、とても感謝しています。

 次に「大経師昔歴」の原作にアレンジを加えた近松門左衛門に対しても素晴らしさを感じます。本来ならば手代茂兵衛、「三」、玉、共に捕まり処刑されたが、それをおさん茂兵衛の不義密通を意思のない過ちとして、最後に二人が和尚により命を救われ幕を閉じるストーリーに変えて、「大経師昔歴」を描きました。私も彼と同じ様に運命の悪戯により、本来ならば許される行為を、性格の曲がった以春や助右衛門により命を落とした3人が可哀相で仕方ありませんでした。彼により命を落とした3人も天国で幸せに過ごすことができるだろうと思います。

 そして本題の物語の中身について私が思ったことを、いくつか話したいと思います。まず昔は夜中に好きな女性の所(部屋)に行き体を求める習慣がありましたが、今の日本では考えられるものではないと思い驚きました。きっと当時の男性は夜になることが待ち遠しかったのだろうと思いました。今は携帯電話があり女性との連絡も気軽にとれるようになり、ある意味、昔のような楽しみはなくなってしまった気がします。

 次に私が物語についてふと疑問に思ったことがあります。それは茂兵衛が玉と「さん」とを間違えて一夜を共にしてしまったことが不思議だと思いました。教授も指摘されましたが、私もいくら今の日本のように街灯や電球が無かったとしても、完全に人の顔が見えないはずがなく、声で絶対に気付くと思いました。まあ物語を面白くするには、そうするしかないと思いますが、ふと私は疑問に思いました。

 次にとても早まったことをしてしまった玉の伯父にあたる赤松梅竜に、私はとても怒りを感じました。茂兵衛と「さん」を助ける為に何故玉を殺してしまったのでしょうか?玉の首を持っていっても役人にとっては重要な証人を殺してしまっては真相が分からなくなってしまいます。彼は一体何を思ってそんな行動にでてしまったのでしょうか。しかも今の世の中で、大切な人の命を奪ったら普通に大変なことになります。彼こそ裁かれるべきではないのかと私は憤りを感じました。

 そして最後の処刑の場に黒谷の東岸和尚が駆けつけて、衣をかぶせて命乞いをし、二人の命を救いましたが、私は今の世の中でそんなことができたなら、素晴らしいなと思いました。そしたら日本の和尚の数が増大して、和尚だらけの日本を想像してふと笑ってしまいました。

 さて話は最後になりましたが、この物語には様々な着物が使われていました。特に最後の「さん」が着ていた「芦に鷲」の着物がとても綺麗で見とれてしまいました。やはり着物は黒髪の日本人女性に合うものだなと、改めて思いました。普段洋服を着ている女性しか見かけない私にとって、とても新鮮味を感じる事ができました。私の父は結城紬を取り扱っているので、是非父に着物を頼んでいただければなと、途中ふと思ったりもしながら鑑賞していました。

 私が振り返ってみて物語も素晴らしかったのですが、城谷小夜子さんと、藤舎花帆さんの楽器の演奏と演技力には圧巻されました。いくら物語が良くても、それを上手く伝える人がいなくては意味がありません。この二人にはこれからも頑張って欲しいと思います。できれば彼女達と写真を一枚撮りたかったのですが友人に止められ、撮れなかったことが残念です。
 
大経師昔暦を鑑賞した感想(斉藤清人)
 今回、近松門左衛門の書いた「大経師昔暦」を鑑賞させてもらったのですが、私の近松門左衛門に関する知識は教科書などで名前を知っていたぐらいで、100点近くの作品を残していたなんて知りませんでした。事前に、篠田先生にあらすじや時代背景などを説明してもらい、台本や鑑賞の手引きをいただいて流れなどはつかめましたが台本を覚えるにはいたらず、その程度の知識しかない自分が芝居を観ても理解できるのかと思いました。しかも、近松門左衛門の書いた通りの原文で、つまりは高校2年の時ぐらいから見ていない古文で演じられるということで言葉がわからないのでは、どの人物を演じていられているのだか解らないような状態になるのだろうなと思っていました。
 そんな芝居を観る資格もないような状態で鑑賞したわけですが、舞台が始まってからは驚きの連続でした。
 始まりから、城谷小夜子さんの三味線の弾き語りと藤舎花帆さんの鼓が見事に息が合っていて、心地よいメロディの中の二人の圧倒的な存在感によって舞台に引き込まれていきました。城谷さんの物凄い演技力による人物の演じ分けにより見る前に思っていた、どの人物を演じていられているのだか解らないような状態になるのだろうなという不安もなくなりました。
 前半では、おさんとお玉の掛け合いなどは、二人の人物の心情や立場が混ざりあうことなく演じ分けていて凄いなと思いました。
 そして、前半のクライマックスのおさんと茂兵衛が不義の契りを結ぶ場面では、照明の紫色のストロボとともに鼓がリズミカルに響く中、激しくそれでいていやらしくない姿に見入ってしまいました。
 後半になってからは、悲しい場面の連続で特におさんの父母の岐阜屋道順夫妻の、おさんのことを情けない娘だといいながらも涙があふれてきてしまうほどの親の深い慈悲が感じられ、おさんの両親に申し訳ないという気持ちともう会うことはできないという気持ちが感じられ場面の悲しさが伝わってきました。また、おさんと茂兵衛が奥丹波柏原で助作の通報により役人に二人が捕らえられる場面では、二人のくやしさや助作への憎しみが伝わってきて、なにより助作のいやらしさが凄かった。こんな人がいるのかとまで思わせるほどの憎らしい演技でした。
 そして、後半のクライマックスでの城谷さんと藤舎さんの鷺の舞は美しかったです。城谷さんの鷺と藤舎さんの飛天は、まるで、おさんと茂兵衛の二人が黒谷の東岸和尚により救われるのを知っていて、そのことを二人に伝えるかのような舞で、優雅でいてかつやさしさや安心感みたいなものが伝わってくるかのようでした。
 舞台を見終わって、完全にとはいきませんが場面場面を理解することができ、登場人物も一人一人どういう人物なのかもわかることができました。そして、三味線の弾き語りや鼓、舞など、どれをとっても素晴らしく終始楽しく悲しく驚きながら鑑賞させていただきました。
 「大経師昔暦」の話については、これが実際に起こった事で現実にはおさんと茂兵衛とお玉の三人は処刑されていたことを知り、それぞれの優しさが少しの間違いで大事になってしまい死ななくてはいけなくなってしまったということは、なんとも無情で悲しいことだろうと思いました。きっと、近松門左衛門も切なくなり、そんな話を、おさんと茂兵衛は助けるというふうに書いたのだと思います。
 公演が終わってから、打ち上げにも参加させていただきました。いただいた、ちらし寿司や松茸ご飯などはとてもおいしかったです。また、舞台に関わっているいろいろな方の話や、城谷さんをはじめ皆さんの近松の原文上演に対する並々ならぬ思いなどの貴重な話も聞けて勉強になりました。城谷さんと藤舎さんに会話させていただきましたが、お二人とも女優と演奏家としてのオーラを感じさせていただきました。
 最後に、私の生まれ育った町の町鳥は「白鷺」という鷺の一種で幼い頃からよく見かけていました。その姿は美しく、集団で飛んでる姿もとても美しいです。城谷さんと藤舎さんの舞は、その白鷺のように美しかったです。
 先日は、貴重な時間をありがとうございました。小学生みたいな文ですが、お許しください。
 
大経師昔暦(斉藤直弥)
 先日は、貴重な時間をありがとうございました。私は、この舞台を通していろいろなことを学ぶことができたと思います。
 まず初めに、大経師昔暦は古文で書かれている作品で、正直なところ先生に頂いた訳の台本が無ければ内容がまったくわからなかったと思います。私にとって古文は、中学、高校で多少学んだ程度で、ほとんど知識が無に近かったからです。そのため、あの台本のお陰で多少は内容を理解して見ることができたと思います。
 次に、舞台の感想ですが、まず役者についての感想を書きたいと思います。舞台の主役である城谷さんは、力強い演技で、人を魅了する力をもっている人だと思いました。一人で十三役を演じ、さらに一年前から始められたという三味線も華やかな音で、舞台を盛り上げていたと思います。私が城谷さんに最も驚かされたところは、あの暗記力です。一人で約二時間分の台詞を覚えるということは、並大抵のことではないと思います。このようなことから、城谷さんがこの舞台のために、普段からどのくらいの努力をしているのかとても知りたくなりました。また、藤舎さんの鼓は、舞台に緊迫感や華やかさを与えていたと思います。なぜなら、舞台の重要な場面では、必ず鼓が入り、舞台に力強さや緊迫感、華やかさを与えていたからです。私がこの舞台を通して最も印象に残った場面は、前半最後のストロボの場面でした。その理由は、それまでの場面とは違った力強さと華やかさを感じることができたからからです。一瞬一瞬に異なった姿があり、見ているものを引き込む力があったように思います。また、それを演出していた藤舎さんの鼓のリズムカルな印象も強く残っています。あのストロボの場面は、とてもリズムカルであり、それまでには無かったスピード感もあったと思います。あのような場面は、舞台全体の強弱を付けるのに、とても良かったと思います。見ている側としては、このような強弱を付けてもらうだけでも印象が全く違ったものになってくると思います。
 次に、打ち上げでの感想を書きたいと思います。打ち上げでは、舞台に関わっているいろいろな人の意見を聞くことができました。長年舞台を支えてきた人からは、今後の目標や目指すものといった意見を聞くことができました。私は、このような人たちの意見からこの舞台の「ありかた、目標」というものを知ることができました。その中で、ある人が「舞台は一日一日が違うので、生き物だ」と言ったのをよく覚えています。なぜ、そのような言葉をよく覚えているかは自分でもよくわかりませんが、後から考えてみるとそれが舞台での成長というものではないかと思いました。それは一日一日、前日とは異なった演技の中から、「実はこんなふうにしたほうがよいのではないだろうか、こんなやりかたもあるのではないだろうか」といった新しい何かが見えてくるからです。このようなことは私たち一人一人にも言えることで、それは積み重ねて初めて見えてくるものだと思います。また、私は、この舞台を通して何か一つのものを完成させることの難しさを学ぶことができました。客側から見ればすばらしいものですが、演出側から見れば、「まだやらなければならないことがたくさんある」という意見を聞くことができたからです。私は、世の中に完璧、完全といったものは無く、常に変わり続けていくものだと思っています。周りをよく見て必要と感じたら取り入れ、不必要だと感じたら捨てていくそのようなことの繰り返しだと思います。たいへんだとは思いますが、これからもみなさんで力を合わせてがんばっていってもらいたいと思います。私は、このような人たちを見ていて、目標を持ち、努力することのすばらしさを再確認することができました。
 最後に、このようにしたらよいのではないだろうかという私の勝手な意見を書きたいと思います。私が思うに、ストロボの時のような強弱の場面をもう一つくらい取り入れたほうが良いと思います。なぜなら、強弱を付けることで人の注目があつまり、舞台が別なものになるからです。具体的なことは、専門知識に富んだ人たちにまかせることにしまして、小さな提案としまして書いてみました。個人的な価値観でもうしわけないのですが、やはり人の注目を集めるものは、人がやっていないことやあまりしられていないことを自分なりに理解してうまくやることだと思います。
 
大経師昔暦を観て(佐野達也)
 今までに僕はこのような劇を観たことがありませんでした。ゆいいつ観たことがあるとすれば、小学生の頃に劇団の人が来てくれて小学生向けの劇をやってくれたのを観たことがあるくらいだった。なので、勝手なイメージがあって大経師昔暦のような演劇の会場は畳に座布団が布かれている場所で観ると思っていました。それなので、会場に入ったときにこのような演劇は畳ではなくて椅子のある会場でもやるのだなと思いました。もし、篠田先生にこのような機会を与えていただけなければそんなことすらしらなかったと思います。
 そして、松村賢治さんの話は暦の話をしていただきました。今までは、旧暦と今の暦のことなんて全く関心がありませんでした。しかし、松村さんの話を聞いて月が354日で太陽が365日なので、それを合わせるために13ヶ月にしてそれが今でいううるう年だとかそういう話を知っている人は多くわないと思います。それを知れただけでも行ってよかったと思います。たぶん、あの時あの場所で暦の話を聞かなかったら一生知らないままだったし、知ることも無かったと思います。当たり前のことだけれども、暦にも歴史があって今の暦になったのだと思いました。そう考えると日常で何気なく目にしているものにも今にいたるまでに色々な歴史やかたちがあるのだと思うと、すべてのものの生い立ちを知ることは無理でも自分が興味のあるものについて調べるだけでも全然違うし、新たな道が開けてくるのではとないかと思いました。松村さんのような方は、それを実行していてえらいと思いました。
 そのあとのあらすじの説明では、大経師昔暦とは簡単にいうと大きな暦で印刷屋で昔あった話だとか、初めての暦の貞享暦は400万部売れたとか、鷺は魂をあの世に連れてく鳥とか、五逆罪の話を聞きました。その中で一番気になったのが五逆罪でした。なぜかわかりませんが五逆罪と聞いたときに知っていたらすごいのではと思い、メモを取ろうとしたけど早くて間に合わなかったのが残念でした。でも、たぶんインターネットで検索すればでてくると思うので五逆罪については調べておきたいと思いました。
 演劇については、正直な話し知識も経験もないのでうまいかどうかは全くわかりません。しかし、すごいと思うことばかりでした。まず始めの城谷小夜子さんの三味線と藤舎花帆さんの鼓にびっくりしました。テレビの中では、三味線も鼓も見たことも聴いたこともあっても生で自分の目や耳で聴いたことがなかったからです。しかも、聞くところによると城谷さんは三味線を始めてまだ一年なのにあんな舞台で演奏しているし、本人はまだまだだと言っていましたが何も知らない私にはとてもすごく、普通に上手だと思ったからです。あと、城谷さんが一人で十三役やると聞いて、一人二役は聞いたことがあったけどそれ以上の一人十三役なんて聞いたことがなかったので、観る前はできるのかと思いました。しかし、観てみると本当に一人十三役こなしていたのですごいと思いました。三味線も踊りも十三役の台詞も相当練習しなければ、あんなに素晴らしい演技はできないと思いました。あと一番印象に残っているのが、おさん茂兵衛の行く末を、鷺と飛天が見守るときの城谷さんと藤舎さんの踊りの場面です。踊っている時の城谷さんと藤舎さんがすごく楽しそうに踊っていたので、それを観ていた僕までなぜか楽しくなってしまったのでものすごく印象に残っています。
 また最後に片付けを少し手伝っただけなのに打ち上げにも参加させていただいて、ああやって最後にみんな一人ずつに感想を言うことによって課題が見つかったりして、よりいい演劇になっていくのだと思いました。また皆さん気さくで仲良さそうに楽しくやっていていいなあと思いました。練習や支度などで嫌なことや大変なことがあると思うけど、好きなことはもちろんだけども、打ち上げや終わったときの達成感や観に来ていた人を満足させられたときなどがあるからやっていけているのかなと思いました。
 正直、台本をただ渡されただけだったら現代仮名遣いではないから劇を観ていても全然わからなかったと思います。ゼミのときに先生があらすじを話してくれたおかげですべてではないけど理解することができてよかったと思います。また、もし先生がこのような機会を作ってくれなかったらこの歳で観に行くことはなかったと思います。同年代の人たちよりこの大経師昔暦を観れたことによって、近松門左衛門や暦などの知識が増えてよかったと思います。大経師昔暦のような貴重な演劇を観に行く機会を作っていただいて本当にありがとうございました。
 
大経師昔暦を鑑賞して(杉山泰宏)
 僕が普段生活している中で、日本の文化にふれる機会はほとんどなかったので今回、大経師昔暦を鑑賞して日本に文化にふれられた気がしたので良かったと思いました。僕は、小学生のとき芸術鑑賞会があり体育館で劇団のお芝居は観たことはあったけど、今回のような古語で話す舞台を観たのは初めてだったのでその違いに驚きました。小学生のときに観たお芝居は内容も子供向けで作られていたのに対して、今回は内容も演出も大人向けという感じでした。
 舞台を鑑賞してみて、「へ〜なるほど!」と、関心したり勉強になることや驚いたりすることがたくさんありました。第一部のとき、大経師昔暦とは「大きな暦の印刷屋であった話」と説明してくれたり、暦の説明をしてくれたりしたので初めて観に来た人にはとてもわかりやすかったと思います。太陽暦では一年が365日と決まっていて、月の暦では一年が354日と決められていて、その11日の差をうめるために3年に一度うるう年がつくられたという事も初めて知りました。日本で最初に作られた暦は、「貞享暦」と言い400万部も売れたという事も初めて知りました。
 第一部の話が終わり、第二部が始まると城谷さんと藤舎さんの二人しかいないのに舞台の迫力に圧倒されて見入ってしまいました。舞台を観る前から、城谷さんが一人十三役演じるという事は知っていたけど、実際に間近で見るとその迫力は自分の想像をはるかに超えていて驚きました。一人一役演じるのも大変なのに城谷さんは十三役も演じていて、更に一人で考えられないほど長いセリフを喋っていてその暗記力の良さ・頭の良さに驚きました。この舞台は、ほぼ城谷さんしか喋っていなくてお客さんは全員城谷さんに注目するのでその緊張感は考えられない程のものだと思います。僕がもし舞台に上がったら緊張感から頭が真っ白になってしまいセリフも飛んでしまうと思います。その舞台の中あんなに迫力のある演技ができる城谷さんは本当にかっこいいと思いました。自分のやりたい事に一生懸命になっているのがわかったし、その姿は輝いて見えました。
 舞台の中で城谷さんは三味線を弾いていて、とても三味線を始めて一年とは思えないくらい上手でした。楽器を始めて一年という短い期間で、舞台で披露できるくらいになるには相当練習しないといけないので、その努力をした城谷さんは凄いと思いました。
 城谷さんの三味線と藤舎さんの鼓のコラボレーションも綺麗でとても良かったです。それに、藤舎さんの「よ〜!」の声と鼓が各場面に毎回あるのではなく、絶妙なタイミングで入っていた事が舞台全体を引き締めるアクセントになっていて良かったです。
 第二部の前半の最後の着物がはだけて演じている場面は、ストロボに合わせて演じていてその場面の最後に中央の垂れ幕がさがってくるという演出はインパクトが大きくお客さんの興味を引きつける構成になっていて、その構成や技術に驚きました。第二部の最後の鶴の舞を二人で踊るという場面もとても鮮やかで美しく鳥肌が立ちました。
 舞台が終わり、片付けを手伝わせてもらい舞台を鑑賞させてもらったお礼ができたと思うので良かったです。片付けを手伝っている最中に城谷さんが話しかけてきてくれてとてもうれしかったです。実際に役者さんと話をする機会なんて今までなかったし、この先もないと思うので話しているときは緊張しました。でも、話をする前のイメージは、「自分は主役なのよ!」という感じで威張っているのではないかとか色々思っていました。だけど実際話をしてみると、僕たちと同じ目線で話をしてくれてとても優しく接してくれて話しやすかったです。城谷さんは、京都出身なので関西弁で喋っていて関西弁を使う人と話すのもほとんど初めてだったので新鮮な感じでした。
 片付けが終わって打ち上げが始まりました。まさか打ち上げにまで参加させてもらえるとは思っていなかったのでびっくりしました。ただ、最後の片づけを手伝っただけなのに打ち上げにまで参加させてもらったのでとても申し訳なかったです。打ち上げの中で一人一人コメントを言うのを聞いてスタッフの方々は、とても良いことを言っていてコメントに重みがありました。その中で喋らせて頂いただけでありがたかったです。そのスタッフの人のコメントの中で舞台の正面から観てみたいと言っている人がいました。スタッフのほとんどは舞台の袖からしか舞台を観ていないので正面から舞台を観ることができた僕たちは幸せだと思いました。
 今回、舞台全体を通して城谷さんのように演じるという好きなことに一生懸命になっている人の姿はとてもかっこいいと思いました。舞台というものは、毎回同じではなく一回一回違った形で観ることができるということと、一つの舞台を完成させるのにたくさんの人たちが支えあっているという現実に心を打たれました。舞台が終わった後のスタッフの人たちの笑顔は目に焼きついていて感動しました。最終公演の舞台を観なければこの感動は味わえなかったので最終公演を観ることができて良かったです。
 今回、大経師昔暦を鑑賞して様々な経験や感動を得られたのでこれからの生き方や考え方にいかしていきたいです。今回のような機会がなければ、舞台の裏側を知ったり打ち上げに参加したり役者さんと直接話す事もできなかったと思うので篠田先生に心から感謝しています。ありがとうございました。
 
大経師昔暦を観て(高倉友太)
 この度はこのような貴重な体験をさせていただき有難うございました。このような機会がなければおそらく自分の意思では観に行く機会もなかったのではないかと思います。
 今回のプログラムは2部構成で第2部の「大経師昔暦」の前に第1部として松村賢治さんによる特別講演「近松の時代と暦」がありました、この松村さんのお話でまず率直な感想として、昔の人は頭がいいなと思いました、それはお話でもあったように、例えば月で時間を計り、月明かりだけを頼りに戦いをする、またあえて月明かりのない時に闇討ちをする、これは頼る物が何もないからこそ出たすばらしい知恵だと思います。それを当たり前のようにやってしまう昔の人のすごさというのがわかりました。そして今回のこの歌舞伎も同じように昔の人が考え出した知恵の集まりだと思います。
 第2部の「大経師昔暦」では、まず三味線と鼓の演奏に感動しました。三味線や鼓のような楽器の演奏を生で聞くという事がふつうではなかなかないと思うので、そういった事でも貴重であったなと思いました。そして籐舎花帆さんの鼓の音と掛け声の調和にも感動しました、これは音に感動したというのももちろんありますが、この鼓の演奏をテレビなんかでたまに見かけたことがあり、それを今実際に観れているという事への感動もあったのかもしれません。
 城谷小夜子さんの三味線もとても素晴らしかったです、まさか1年だけの腕前とは誰もわからないと思いました。演技だけではとどまらない城谷さんのすごさがわかりました。
 講演後は城谷さんの意外にも明るいキャラに驚きました、さっきまで舞台で演技していたのをわすれさせるかのような親近感でした、しかしその分すごさがわかったような気がしました。城谷さんは、撤収作業をしている時に私たち学生にも、今日の講演はどうだった?などと話しかけていただいて、みんなが感想をいうと、なるほどねと笑いながらも真剣に聞いていただきました。その時に城谷さんが私たちに、この13役の中で他の役者にはできない、城谷さんだけしかできない1役あるとおっしゃっていたのですが、それがなんであったのかと今でも思っています、結局答えを教えていただけなかったので気になりました。
 楽しいことを考えるというのは昔も今も変わらないと思います、しかし昔と今では楽しいことを作るための環境がまったく違うと思いますし、お金のかかり方なんかも全然違うと思います、それでもこの歌舞伎のように現代でもまだまだ人気を維持出来ているのはすごいと思いました。楽しいことを考えるという事は、金儲けなんかを考えずにただ楽しいことだけを考えていたこの時代が基本となっていたのだなと気づきました。
 講演終了後の打ち上げの時に城谷さんを始めスタッフのみなさんはもっと観てる人達にわかりやすくしたいとおしゃっていましたが、やはり自分も含め観てる人がもっと知るべきなんだと思いました。最後に感想を言って下さいと言われ、少し戸惑ってしまい大したことも言えなかったですが、出演者の方やスタッフの方はこれからのことや、すばらしい感想をおっしゃっていたので少し恥ずかしい思いをしました。これからはもしこのような感想を言う機会があった時にはもう少しまともな事を言えるようになりたいと思いました。

 この度は本当に有難うございました。
 
大経師昔暦を観て(二川純一)
 芝居などなかなか観に行く機会も無く、今回はこの様な研究室のみんなで観に行き興味的な体験だった。
 芝居は現代語ではなく、芝居を観て全ての言葉を理解するのは難しかったが、事前に篠田先生からの解説や台本、鑑賞の手引きを頂いていたので、内容も理解し芝居の流れは観ながら捉えることができた。
 話は上之巻・中之巻・下之巻の三部構成になっている。流れとして上之巻では、おさんが茂兵衛に金の工面を頼み引き受けた茂兵衛は、主人の判を無断で白紙に押すところを助右衛門に見つかり監禁されてしまう。その後おさんは玉の寝間に行くと、毎晩以春が忍び込み口説くこと、茂兵衛をかばったので、嫉妬心が加わりひどく怒っていることを相談した。それを聞いたおさんは以春に恥をかかせてやろうと、玉と入れ代わる。それを知らず茂兵衛は、玉に礼を言おうと屋根伝いに玉の部屋へしのび込む。てっきり夫と思いおさんは肌を交わしてしまう。明るくなり驚く二人、戻ったという以春の声、二人はそのまま駆け落ちしてしまう。
 茂兵衛は少しの間なら大丈夫だろうと考えやったことだろうが、見つかって監禁されてしまう。以春もそこまで怒らなくて良かったのではないかと思うが、茂兵衛をかばった玉は以春に口説かれていることもあり、以春は必要以上の怒りの感情が働いてしまっている。もし玉が、自分が金の工面を頼んだと訴えなかったら、もし始めから本当のことを以春に話していたら事態は変わっていたかもしれない。運悪く以春が気にかけている玉だったばかりにこのような事態になってしまう。ただこの話の出来事の始まりであり、中心となっていくこの上之巻は個人的に一番おもしろい場面であると思う。
 中之巻では、玉の伯父で請人の梅竜に不義の仲立ちをしたとして、玉を預けに助右衛門がくる。梅竜は玉に太平記を引いてさとす。梅竜の家近くで、おさんと茂兵衛は父母にあう。そこでおさんを叱るも、助けるために金を娘に与える。
 下之巻では、家主助作に預けていた父に貰った金を受け取ってからと、助作を待つところへ捕り手が来て二人は捕らえられる。梅竜は二人の身代わりと玉の首を持ってかけつけるが、役人は許さず二人を京都へ送る。馬で京の町を引き回されるおさん茂兵衛、その処刑の場へ黒谷の東岸和尚がかけつけ、衣をかぶせて命乞いをし、群衆も道順夫妻も喜びの声をあげる。
 この話は実話であるが、最後に二人は和尚に助けられる事は無く、張り付けの刑にされた事となっている。個人的に実話のラストでも問題は無かったと思うのだが、その様なラストにした近松門左衛門の気持ちや、人柄がわかるような気がした。下之巻で気になるのが、玉は自分が身代わりになればと首まで落とすが、唯一の証人である玉であったためその甲斐なく役人は二人を捕らえてしまう。死ぬことなく証言をしていれば展開は変わったかもしれない。またそこまでして二人を救おうとした玉の気持ちに驚くばかりである。
 特に印象に残った場面は、上之巻の最後「戻ったと呼ぶ以春の声。迎える灯に茂兵衛とおさんは顔を見合わせ驚く」という所だった。この後二人は逃げることになるが、その時の驚きを表現するように、照明や舞台上の演出工夫を含め大変印象に残り、自分自身も驚いた場面だった。
 全体を通して感じたことは、視覚的なことも重要だったが、それと同じぐらいに三味線や鼓などの音の演出だったと思う。それがあり場面の雰囲気などをより感じることができるような気がした。
 一番驚かされたのはやはり城谷さんの13役を演じるきることだった。観る前から知ってはいたが、実際に観て城谷さんの13役それぞれになりきっている様は、なかなかできないし圧巻だった。
 最後に打ち上げに参加させて頂き、関係者の方々のお話を聞くことができてよかった。この作品をやるのにあれだけの人達が協力していること、芝居だけを見ていても気づく事のできない苦労や工夫などのお話、この作品に対する思いなど。
 
「大経師昔暦」の感想(舟川翔太郎)
 9月30日(金)、僕は初めて築地に行きました。駅を降りてみて、なにか古風な感じがしました。講演を見に行くまで少し時間があったので、立ち食い寿司を食べに行きました。立ち食い寿司とはいえ、築地というだけあってとても魚が新鮮で美味しかったです。
 お腹もいっぱいになったところで、講演が行われるブディストホールがある築地本願寺まで行きました。築地本願寺の本堂はイメージとは違い、東南アジアのお寺のようでした。そして、本堂の右にあるブディストホールに行きました。僕たち以外のお客さんはみな高齢の方が多く、少しきまづい感じがしました。なかには篠田先生がスタッフとして働いておられました。講演会場のブディストホールは思っていたより小さかったです。
 まずはじめに、第一部として松村賢治さんの特別講演が行われました。松村さんは、大阪大学で建築学の教授をされている方でした。僕はてっきり昔の建築学の話なのかなと思っていました。でも実際は「近松の時代と暦」という題名の、旧暦の話をして下さいました。村松さんは自分で旧暦のカレンダーを発行していて、とても詳しい話をして下さいました。僕は旧暦が月の形をもとにしているということ自体知りませんでした。だから今回、松村さんの話を聞くことができてとてもいい勉強になりました。
 そして、第二部であり今回のメインの講演である「大経師昔暦」が始まりました。最初はドラマの主題歌のような雰囲気の曲が流れ、その後二人の女性が三味線と鼓を奏でながら登場しました。13役・三味線をこなされる城谷小夜子さんと、鼓の藤舎花帆さんです。お二人ともとてもきれいな方だという印象を受けました。僕はどちらの楽器もはじめて聞いたのですが、とてもいい音色でした。
 講演の舞台となるのは、貞享元年(1684年)11月1日、京都の暦屋です。今から300年以上も前の話です。劇中の言葉も古文だったので、とても聞き取るのが難しかったです。でも篠田先生から大まかなあらすじは教わっていたので、ある程度の内容は理解することができました。
 茂兵衛は、おさんに頼まれて人助けのつもりで主人である以春の判を勝手に押してしまった。それが助右衛門にみつかってしまって、事件となった。人助けとはいえ茂兵衛はちょっと考えが甘かったんだと思います。でも、たのまれた相手がおさんだったからちょっと無理してかっこつけてしまったんだと思います。自分が茂兵衛の立場でも、こうしちゃったかもしれません。
 こうして茂兵衛は監禁されてしまう。そして、打ち首となる前に監禁されている部屋から抜け出し、自分のことをおもってくれているお玉のところに向かった。しかしその裏では、おさんとお玉が入れ代わっていたのである。そうして茂兵衛とおさんはこのことに気づかぬまま、朝をむかえた。二人はおきてびっくり。そしてこのことが以春に知られ、二人は捕まってしまうわけである。
 おさんにしてみればとても迷惑な話だったと思います。朝まで横の男が誰かわからなかったというのもどうかと思いましたけど。現実では、二人は打ち首になったらしいのですが、近松門左衛門は物語の中で二人を生かしました。しかし僕は現実の話を知っていたので、どうしても悲しい話に聞こえてしまいました。
 13役の城谷小夜子さんは、一役一役、表情やしぐさが全然違っていました。セリフも、後ろにカンペなどがあるのかと思っていましたが、そのようなものは見当たりませんでした。すばらしい演技力だなと驚きました。会場がせまい事もあって、とても近くで迫力のある演技を見ることができました。
 そして、鼓の藤舎花帆さんは劇中の中でたびたび登場され、鼓に踊りにととてもてもお綺麗でした。お若いのに、日本で始めて音楽博士号をとられたお方だそうで、とてもいい音色を聞かせていただきました。
 教養のない僕ですが、今回、日本のシェークスピアと言われる近松門左衛門の作品を見ることができてとてもいい経験ができました。本当にありがとうございました。
 
大経師昔暦の感想(古川)
 今回の公演の見学は、正直さほど乗り気ではないのが本音です。小中高と、能や狂言を観ましたが、見せられた感があり、公演中寝たり、漫画を読んだりが当たり前でした。これらのことより、芸術には縁がなく、絵はもちろん演芸などの良し悪しが分かりません。今回の公演も昔と同じように、また寝てしまうのではないかと正直不安です。しかし、今回は、鑑賞の手引きや台本を読むことにより多少の興味を持つことができ、多少は楽しめそうです。しかし、鑑賞の手引きはすらすら読めましたが、台本は正直途中で飽きました。これは、自分で読むのと、舞台で役者が演じるのを聞くのとは、違うことを期待せざるを得ません。
 鑑賞の手引きによると、近松門左衛門は、良家の生まれで、西洋劇や日本の昔の書記を調べることができる環境にあったことが分かりました。これにより、今日まで名の知れた、浄瑠璃の代表者になったようです。他にも調べると、出生場所がさだかでない、赤穂浪士討ち入り事件に関与しているなど少し謎があることなども分かりました。
 鑑賞の手引きを読み、近松門左衛門がどのような人物なのか分かりました。近松の作品は、最初は歌舞伎が主なものであり、後に浄瑠璃を手がけたことが分かりました。今回観る大経師昔暦は、近松門左衛門が63歳のときに作った作品で、浄瑠璃作品です。今回の公演で、興味がでたら、歌舞伎の作品や浄瑠璃の時代物など、他の作品と比べてみるのも面白そうです。鑑賞の手引きの最後に、おさんと茂兵衛の人生を狂わした一貫目はいくらとあったが、江戸では一貫文一万円、上方では一貫目100万円とされていた、舞台の背景は京都なので、今回の一貫目は100万円だったのだろうと考えられる。しかし、公演のときの説明では一貫目は3,4万円といっていた。一体なにが正しいのか分からない。3,4万円くらいなら、いくら昔といえども、すぐに集められそうな金額で、大事になるとは考えにくい。近松の年収が50両(一両が6万円なので300万円と考えられる。)なので、そこから考えると、やはり100万円なのではないのかと考えてしまう。蘆に鷺の意味に関しては、調べるだけでは、どういう意味なのかは全く分からなかった。聞くところによると、鷺は、魂をあの世に送る鳥、親子の情に深い鳥といわれており、処刑された人に対して畏敬の念によるものと、処刑を止めようと必死になる親子の絆を表しているのだと分かった。
 大経師昔暦は、世話浄瑠璃で、実際にあった事件(白子屋おくま事件)が基になった事件で、実際の内容は、大経師昔暦とは違い、解説書を読む限りでは、明らかにおくまが悪く、死刑になってもしょうがないのではないかと思った。今日のドラマなどの作品は、フィクションなので、これも最初はそうなのかと思っていたが、実際は、本当にあった事件を基に作り上げる作品であること分かり、重みを感じた。しかし、かなり脚色され、実際の事件とは全く違うような気がするのは自分だけだろうか。
 会場の収容規模は130人程度のところで、7,8割は埋まっており、安定した人気があるように感じました。公演5分前にチャイムが鳴り、観客がいっせいに静まり、公演が始まりました。初めに、旧暦を研究している建築家の松村さんが、説明をしてくれました。旧暦は、今の日付とは約一ヶ月前にあたり、当日の9月30日は、旧暦にすると8月27日になるそうです。他にも、旧暦は一年354日で、一ヶ月は29日、誤差修正のため一年が13ヶ月になることが3,4年に一度あり、旧暦の1〜3月は春、4〜6月は夏、7〜9月は秋、10〜12月は冬にあたるそうです。大経師昔暦の背景になる旧暦11月1日は、暦解禁日となっていたそうです。
 月の初めは新月で、十五夜は満月となるそうです。昔は、電灯などは無かったため、月の光が唯一の明かりになったそうです。故に、1600年の関が原の合戦では、月の光がでる9月15日の満月に行われたそうです。また、本能寺の変は、信長に気付かれないよう奇襲するため、月の初めの新月の日に決行されたなど、昔は月明かりが重要だったことが分かりました。
 城谷小夜子さんは、一人13役を行うため、50ページにわたる台本を全て暗記し、台本通りに演じており、流石はプロであると思いました。内容は、最初城谷さんと藤舎さんの二人の唄からはじまり、その後、序章を二人で語り、城谷さんの一人芝居が始まった。途中、藤舎さんの鼓や笛、城谷さんの舞いなどが入りました。前日に一人で台本を読むのとは違い、役者が演じることによって飽きることもなく、鑑賞することができました。演出で、なにか画策しているときは、怪しげな音が流れ、背景には紫のライトがあてられていた。これは、オペラでも、音楽が、その場面における一番重要、一番伝えたい部分に合わせ、テンポを速めたり遅めたりすることや音を消したり、乱したりすること等の様々な変化によって、その場面の主役が今どのような状況にあり心中はどう思っているかなどがわかるようしており、日本の歌舞伎、浄瑠璃に通じるところがあるのだと感じた。また、おさんと茂兵衛が交わるシーンでは、赤いライトを一定の間隔で点けることにより、まるでコマ送りのテレビを見ているような感じで、非常に印象深いものでした。
 日本文化の固有の演芸である、能や狂言、歌舞伎、浄瑠璃は、多少の知識があってはじめて楽しめるものなのではないだろうかと、改めて感じた。只でさえ、昔の言葉を使うので、古文の知識はもちろん、当時の風俗なども知っている必要もある。日本人ですら、理解するのが難しいものを、海外の人達は一体どのように理解するのだろうかと、考えてしまいます。
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