過去の記録

  賢女手習並新暦

制作日記
2007(H19)4月7日〜6月11日 城谷小夜子

4月7日(土)
「吹田竹取物語」本番終了

4月9日(月)
奈良の天理大学へ行く。大橋正叔先生にお目にかかり、教えて頂く。
近松門左衛門の存擬作でないという先生の見解に、ショックと安堵の二つの気持ちが動いた。ショックは、近松の作でないのなら、これを上演する意味がなくなること。安堵は、近松を感じることが出来なかった、わたしの感覚の正しさがうれしかったことと、この未熟な作品が近松作でなくてよかった。近松ならもっとうまく書いてくれるだろう、と思った。
★しかし、この日から、わたしの苦しみが新たに始まり、全く台本を作ることが出来なくなってしまった。

4月12日(木)
昨日関西から帰宅。今日からやっと「賢女〜」の制作に入る。3月3日に「待つ女」の朗読公演が大阪であり、4月7日に吹田市の中西邸での「吹田竹取物語〜若竹の巻」の新作浄瑠璃の舞台があり、ばたばたと時間が過ぎていった。自分の感覚では、2か月遅れての「賢女〜」の制作がスタートだ。ピッチを上げよう。広告募集の印刷。住所書き。手紙書き、100通。HP書き込み。就寝11時半予定 あと1時間で仕事を終えよう

4月13日(金)
朝6時起床 8時半に事務所到着。アドレス入力 終えること。
11時半の電車で、大学へ。帰宅 5時半。事務所へ行き、広告お願い出す。
ダイゴさんで紙A3・上質の紙も買う。

4月14日(土)
台本決定したいが、できない。チケット送付作業。曽和さん10枚、福井ちゃん10枚、森本さん20枚、えふみさん10枚。理事へチラシとチケット送る。とにかく今の段階でのチケットお願いをみんな出すこと。

4月15日(日)
関根さん手伝い。台本15部を出演者に送る。旅の日程表、出演スタッフ、ホテル、会館のアドレス表も作成。はんこ押し。アドレスシールも作成。パンフレットの内容もはやく決定しなくては。原稿をだれに依頼するのか。

4月17日(火)
今日はこの2つに集中する!広告のお願いの手紙を出し終えること!
台本読み、明日完成させること。ひたすら発送作業。

4月18日(水)
篠田先生の研究室に、三味線を取りに行く。
台本が書けない日が続く。遂に、大橋先生に電話する。愚痴にすぎない。
大橋先生は、あったかくわたしの書けない悩みを聞いて下さった。

4月19日(木)
アドレス入力。手紙書き。田中さんが1時〜5時まで手伝いに来てくれる。
台本を書いてはまた書き直し。

4月20日(金)
午前9時〜11時 手紙書き
午前11時〜午後6時 大学
辻雅榮さんを羽田にお迎えに行き、ホテルまで送る。

4月21日(土)
如月の会 辻雅榮さんの講演を聞く。いつもながら素晴らしいと思う。
明日の研究会で、みんなに「賢女〜」を聞いて貰おう。

4月22日(日)
米津先生宅で浄瑠璃研究会10〜5時。
「賢女〜」を上演する。いろんな厳しいご意見をいただく。これが起爆剤となり、アイディアが湧き、夜帰宅して、一気に台本を書き上げた。大急ぎで印刷。第12稿。いけたかもしれない・・・。

4月23日(月)
出演者全員集合しての稽古!読み合わせ 衣装サイズ計る。河野さん 大久保さん 砂田さん 中島詩元興さん 関根さん 田中さん
この日、大橋先生から原稿が届く。皆で読む。感激した。大橋先生はほんとうにすごい人だと思う。稽古はみなでわくわくしながら音を作った。この芝居はいいものになるような予感をやっと持てた。帰宅午前2時半。

4月24日(火)
印刷物が一杯。手伝い必要だなぁ・・・。ひたすら発送作業。
マスコミプレスリリース。理事にお願い書。会員さんと知人たちに手紙書き。

4月25日(水)
発送作業

4月26日(木)
発送作業

4月27日(金)
大学。津田先生の授業5月11日は休講。ちょうどわたしが大阪出張の日で休まなくてはならなかったので嬉しかった。津田先生の授業を1回たりとも休みたくないのだ。休講と聞いて、おもわず手を叩いてしまった。
わたしはツイてるぞ。休まなくてよかったのだから。

4月28日(土)
発送作業

4月29日(日)
発送作業

4月30日(月)
パンフレットの原稿を書く。
(1)小松先生(2)米津先生(3)スタッフ名(4)協力者名(5)あらすじ(6)出演者プロフィール(7)ひとこと(8)芝居が出来るまでの制作ノート(9)広告原稿を入力(10)近松CDと小松CDのチラシ作り(11)会員募集=申し込みA4も作り(12)会員名簿作成
午前中 パンフレット原稿書き 広告への招待券とお礼状 5件
午後2時から稽古〜5時まで
5時〜7時 会員募集 内容と会員名簿付き
7時夕食 帰宅あと会員募集書き上げる

5月1日(火)
上記のことを全て完成させる
6時 パンフレット発送+スケジュール
神戸 仲沢 窪田 河野 大久保 砂田 乙部 古仲 中島 城谷 高野 辻 津田 大橋 奥田 山本 大江 半田 東京
5月28日 東京 9時半〜羽咋
5月29日
5月30日 金沢発19:40〜大阪着22:30
6月1日 大阪公演
6月2日 朝9時ジャンボタクシーで京都
6月3日 京都10時半〜半田着12:41
6月4日 朝9時半田発〜東京着12:15
みんなのアドレス&携帯 電車の切符

5月2日(水)
今日は、チケット郵送、広告郵送。パンフ原稿書き上げ
1米津先生
2小松先生
3大橋先生の肩書き確認
4スタッフ出演
5日程 協力者
6あらすじ
7愛染明王について
8いきさつ小夜子 
広告原稿を馬場さんに確認。せりふ1場と2場を覚える。
湯浅さんから電話。12日のお祝いの会で踊って欲しいとのこと。すぐに快諾。三番叟を踊ることにする。

5月3日(木)
「賢女〜」の楽器と衣装探し。わたしの衣装が決まらない。

5月6日(日)
関根さんと稽古

5月7日(月)
7時半彼を送り、チラシ取りに事務所へ行く。
朝8時半に家を出て大谷雅子さんのところへチラシを届ける。
仲沢先生宅に11時ころ行き、頭と衣装を決める。
乙部さんと、旅の移動、ホテル決定する。

5月8日(火)
湯浅さんの会で踊る着物を宅急便で京都に送る。芝居稽古
広告原稿完成させること。田口さん確認の電話。広告申し込み追加、須谷さん 金本さん 大谷さん2口。大阪28口+2口+新規9口
★チケット郵送すます
★台本覚え2と3
★山岡さん夫妻に招待券送る
衣装作る(関根さん)砂田さんの衣装どうするか。最後の場面で、あの白を使いたい。

5月9日(水)
さぁつまってきたぞ。毎日午前中は、稽古9〜12時まで。
12時から事務。明日は、パンフレット原稿終えたい。
それから、パンフレットに挟み込むチラシは・・・
(1)CD販売
(2)会員募集・・・A4 1枚表に案内 裏に会員名簿
(3)申込用紙 CD、会員、10月
衣装直しを関根さんに頼む。台本整理は5月16日に。田中さんにことわりの電話をいれる。電車のチケット申し込み。
砂田さんにチケット20枚追加で送る。
CD宣伝の印刷、会員募集印刷、申込書の印刷。

5月10日(木)
1日中仕事。遅い新幹線で大阪に行く。

5月11日(金)
大阪のメンバーと最終打合せ。チケットはあまり売れていない。
いやいや、この状態がベストなのだ。手伝って下さる大阪の三木さん、馬場さん、黒岩さん、田丸さん、中村さん、小西さん、中農さんに感謝。

5月12日(土)
湯浅さんの会。懐かしい人たちと再会。嬉しかった。洞本先輩、橋本さんと同席。西山さん、大森さん、嬉しかった。先生がひさしぶりで山とみさんに連れて行ってくれた。京子女将は変わらぬ元気さ。うれしかった。

5月13日(日)
父と一緒に母のお墓参り。うちのお寺はほんまにきれいやなぁと思う。
嵯峨野でお昼を父と食べて帰京。お父ちゃん、元気でいてや〜。

5月14日(月)
稽古。片付け。パンフレット入稿締め切りが明日に迫る。出した封筒がたくさん戻ってくる。淋しいなぁ、みんなどこに引っ越したんかなぁ・・・。
帰宅夜中。

5月15日(火)
中島さんから最終校正が届く。校正わたしは苦手。まったくダメ子。乙部さん、篠田先生は細かすぎるほどチェックできるすごい目をもっている。一人一人の適性が違うということだ。だから面白い、だから人と比較しなくていいのだ。自分の出来ることをのばしていきたい。帰宅夜中。

5月16日(水)
中島さん、無事パンフレットの原稿印刷屋さんに送る。ほっとした。しかし、仕事は山積みだ。帰宅夜中。

5月17日(木)
乙部さんに確認。会員名簿作成今日のうちに
会員募集リーフレット今までのにするか。いや作り直す。からだが疲れてきている。ここで風邪を引いたらえらいことだ。

5月18日(金)
大学へ行く。仕事が一杯で、大学へ行く状態ではないのだが、津田先生の授業はなにものにも代え難い。わたしには哲学が必要なのだ。

5月19日(土)
朝7時起床。事務所へ9時に行く。
印刷=リーフレット裏表印刷。会員表両面印刷。CD宣伝印刷片面。
午前中にダイゴで紙を買う。厚口の紙 特厚。中厚。
稽古11時〜午後3時半まで。(砂田・大久保・城谷)中島さんもくる。
稽古を終えて、幕張に行く。齋藤さんの会でお話しさせて貰う。途中で大雨になる。
なんとか印刷さえすめば、20日、21日で詰め込み出来る。
羽咋=200部 大阪=400部 東京=500部。
鉛筆の用意。パンフに挟む物は、CD、封筒(リーフレット、手紙、自動引き落とし、封筒)会員名簿

5月20日(日)
印刷 会員募集作る。寝ても覚めてのどこでもせりふ覚え。

5月21日(月)
チケットチェックリスト作る。

5月22日(火)
稽古日。なかなかうまくいかないが、きっとこの進み方でいいのだろう。

5月23日(水)
旅公演の宅急便作り。今回は手荷物での旅公演。出演スタッフが理解してくれることを祈る。朝入金 三菱銀行と郵便局。釣り銭を用意する。
契約書作り・・・乙部さんに電話。神戸さんのこと。メール便を出す。
招待状=11名。砂田さんに、楽器のウインドチャイムと、おりんの座布団と衣装を明日持ってくるよう頼む。

5月24日(木)
総ざらい 江東区文化センターで稽古。全員集合。
河野さんやっと現われる。大久保さんでなく、河野さんが音をやった。う〜ん、これはまずいなぁ。やはり大久保さんがやったほうがよかったと思う。福井ちゃんにお金払う。

5月25日(金)
雨 9時半事務所。今日は大学休む。パンフ作業、メール便出す。400通
宅急便出す。羽咋と大阪。相川さんが手伝い。シール貼り、はんこ押し。こういうちいさな仕事に意外と時間が取られるのだ。手伝いが有り難い。

5月26日(土)
旅の荷物作成。早く寝よういよいよ最終日。
宅急便出す。稽古 朝〜お昼。掃除 お昼。
★お金 10万円用意した。
★お供養 妙成寺さんと宝泉寺さん。

5月27日(日)
いよいよ出発日。最後のチェックをして、ランチを夫とレストランで。その時携帯が鳴る。武藤さんから電話。今米津先生のおうちに行ったとのこと。あ〜あ、こうして必ず連絡漏れる人がいるのだ。メール送ったくらいではダメなのだ。ごめんね武藤さん。最終の新幹線で金沢に入る。都ホテルはなかなかいい。

5月28日(月)
みんなと合流。12時半に羽咋に着く。高野さんがお迎え。2台の車で市役所へ。橋中市長と短い時間面談。神音(カノン)にみんなで行き、カレーのランチを食べる。そして、妙成寺へ。舞台稽古。藤井猊下はりっぱなかた。私たちを歓迎して下さった。ありがたい。お部屋も使わせて頂き、なんとか舞台稽古を終える。山海荘の中田さんは、みんなにさざえをごちそうしてくださった。ありがたし。乙部さんの知り合いの宮本光子さんが来て下さり、つめしゃむと沈香を、プレゼントして下さった。こんなにすごいことがおきるなんて!ありがたし。お部屋もきれいで、ゆっくり出来た。いよいよ初日だ。

5月29日(火)
朝、コーヒーを飲もうと言うことになり、コスモ21に行く。高野さんの熱のこもった説明を聞く。みんなでゆっくりして、いよいよ初日。山主さまが、お供養してくださった。みんなで焼香して、お経も上げることが出来た。322年間のふたを取り、こころして舞台を踏ませて頂く。最後の場面で2回部屋が雷同した。降りてきて下さった瞬間を150名の人たちと体験できた。すごいなぁ・・・国宝になったら、次は本堂で、もう一度上演させて頂くことを約束して、金沢に向かった。

5月30日(水)
金沢は1日フリー。しかし、お掃除で宝泉寺さんに行かせて貰う。みんな4時過ぎに集まる。雅榮さんが夕方帰宅。相談して、決める。
昨日の妙成寺での公演のことが大きく新聞に出る。そのため、宝泉寺さんに問い合わせがひっきりなしにかかる。なるようになるだろう。

6月1日(木)
朝5時半にホテルを出て、宝泉寺の辻雅榮さんの護摩焚きに出させて貰う。一同一人も欠けることなく、全員がお参りしてくれた。こんなにありがたいことはない。8時までたっぷりゆっくり護摩行に参加。ホテルに帰って食事。田中フミエさんと野村さんが偶然同じホテルに泊まっていた。
雨が降り出す。土砂降り。そのため、本当にかかわりのある人たちが集まった。30名。これで良し。かこちゃんにおすしをみながごちそうになり、大阪に出発。篠田先生の車に荷物を乗せて貰い、窪田ちゃんが助手で、大阪まで走ってくれた。本当に大助かり。我々電車組は、大阪でタクシーに乗り、谷町四丁目に着いたのが11時。車は、12時前に到着。ご苦労様でした!篠田先生はそのまま、東京に帰宅。無事を祈る。本当にご苦労さまでした。

6月2日(金)
大阪公演。午前中みなゆっくりできた。中島詩元興さん到着。荒武さん、古仲さん到着。山本能楽堂は、古風で落ち着いた空間。嬉しくて仕方がない。なにしろ、足袋が汚れないのはさすが。この空気が好きだ。
昼80名。夜80名。なかなかうまくいかないが、すこしずつよくなっているのだろう。奥田先生と大橋先生は夜来て下さった。嬉しい。
縁の人たちが集まった夕べだった。

6月3日(土)
朝、9時にジャンボタクシーで京都へ。一番お客さんが少ないと思っていたが、100名を超える方たちが集まって下さった。ここもすばらしい空間でやらせて頂いた。またもう一度この舞台に立たせて頂きたい。懐かしい知人、友人がきてくださった。故郷京都は、だんだんわたしに優しくなっているのかもしれない。いや、わたしのこだわるこころが和らいでいたからかもしれない。素直になればいいのだ。
この舞台でも、挨拶させて貰った。終演後、祇園の石井君のお店に向かう。二条中学の仲間が7名。うちのメンバーが10名で和気藹々と京懐石料理楽しんだ。石井君は大奮発してくれた。今度お店を、烏丸四条に移るという。石井君、これからも応援しますよ〜。友達はいいなぁ。15才にすぐ戻れるのは本当にうれしいなぁ。帰りは乙部さんと河原町まで歩いて、懐かしい「築地」という喫茶店に付き合って貰った。わたしの青春時代の喫茶店の一つだ。嬉しかった。乙部さんつきあってくれておおきに〜。

6月3日(日)
京都から愛知県の半田市に移動。いよいよプラネタリウムだ。河野玲子さん参加。学芸員の林さんは本当にいい人で、わたしの願いを完璧に叶えてくれた。素晴らしい。お客様も、90人近く。「満天の星・・・」と言った瞬間、真っ暗闇の中、星たちが輝きだした。そして、わたしが去ったあと、しばらくして明けの明星が出て、朝になっていくところで、終了。あかるくなって、ドラマがおわるなんて、本当にドラマチックな終わり方だった。
みんな大感動。

6月4日(月)
朝、8時半に出発。東京へ。6年ぶりの深川江戸資料館だ。情緒がなんともよくて嬉しい。 あかりのことでわたしの思いが伝わらず、声を荒げてしまった。神戸さんを立てながら言ったらもっとうまくできたのにな。わたしはまだまだだ。もっとのんきに気楽に、しかもわたしの思うような環境をきっと作れるはずだ。みんな手伝いに来てくれた。嬉しい。
エール大学大学院で教えた山本けいこちゃんがついに来た。6年ぶりの再会だ。築地本願寺に、相川さんと泊まる。

6月5日(火)
朝、築地本願寺のお勤めに参列。手を合わせる。築地を歩きながら地下鉄に乗り、10時に楽屋入り。向かいの牛乳屋さんで瓶の牛乳を3本買う。カルシウムと鉄とビタミンが不足している感じがする。みんな疲れがたまってきているだろう。あと2日がんばって欲しい。けいこちゃんはよく手伝ってくれている。みんなもよく動いてくれている。
お天気にも恵まれていること、ありがたい。しかし、まだまだ稽古が足りない。昼夜の間にロビーでみんなで食事。和気藹々と楽しい。
夜の部で、津田眞一先生が観劇。そして、もう一人鳥越文蔵先生がいらして下さった。本当に嬉しい。
10日ぶりで帰宅。メールとFAXをチェック。あと1日で終わってしまう。
朝方4時に目が覚める。気になるところをメモする。明日稽古しよう。

6月6日(水)
千秋楽。
朝稽古。砂田さんはよく耐えてくれている。
よくなった。昼夜ロビーでみんなで食事。先輩女優の野間洋子さんが来てくれた。嬉しい。食事の後、また稽古。そしてラストの舞台。一番前の列上手の男性のお客様がはじめからしっかり睡眠。気になって仕方なかった。寝るなら後ろに行ってよ〜。起きたと思ったら、パンフレットを広げてずっと見ていた。芝居見て欲しいんだけど・・・あの人にこの芝居は響かなかったのかもしれない。どこがいけないのだろう。白い服の人が気になるし、わたしの集中力はまだまだひ弱だ。「気にしないのよ」と乙部さんは言う。
分かっているんです。寝るのも動くのも、お客様の自由です。でもね、舞台はスクリーンじゃないので、こころをもった人間が演じるので、あの〜、一所懸命やりますので、協力お願いします〜と、おずおずお願いしたいのだ。
せめて、スタッフには共鳴して欲しいと願うばかりである。
目の前でしっかり寝ているお客さんに「なんでねてるの?」と思った瞬間集中が切れて、せりふを間違ってしまった。
本当に恐い一人芝居だ。
不満足なまま、終わってしまった。
みなが無事で終えることが出来たことに感謝。まだまだです。芸術祭にさんかするかどうか、よく考えよう。みんな、本当にありがとう!
帰り道、封印していたアイスクリームと、寝る前にビールをちょっと飲む。

6月7日(木)
洗濯。掃除。整理。片付け。からだがぼりぼりに痛い。
アイスとビールの為に、声が出なくなっていた。お礼の電話、藤井猊下。奥田先生。辻さん。高野さん。間瀬さん。大橋先生。米津先生。乙部さん。荒武さん。仲沢先生。砂田さん。窪田ちゃん。他関係者の皆さま。
あるアンケートがわたしのこころをずたずたにした。つかれがどっとでて、からだがぐったり。わたしも弱いね。物事を客観的にみる訓練が必要だ。
田口ランディさんの体験談をうちのかっちゃんがしてくれた。悪魔のささやきのような人がいる。その人に乗ってはいけない、ということ。
このアンケートにとらわれたら、相手の思うつぼだ。危ない危ない。
そっと、この人から離れよう。そして、この作品の本当のところをとらえて、もっとどうしたらいいのかを考えよう。
片づけは終わらなかった。

6月8日(金)
3週間ぶりで大学へ行く。津田先生と芝居の話が出来て嬉しかった。
すばらしい前向きなサジェスチョンをいただく。批評とはこういうものだ。
わたしもこれから気をつけよう。決して悪魔のささやきを人にしてはいけない。そのことを昨日のアンケートから学んだ。感謝。
夜は9時半に寝た。

6月9日(土)
旭川の母さんを囲む会。練馬の大泉の白石農園で開催。
せっかくの練馬なので、米津先生のおうちにご挨拶に行く。先生は元気だった。矢萩さんが来て舞台の話に花が咲いた。画家の村松先生とお目にかかれる日がきっと来るだろう。お互いに愛染さんによばれているのだから。
午後3時からの、母さんの会の会場に向かう。30名の元旭川ユースホステルのヘルパーたちが集まった!すごいぞ!2年ぶりの再会だった。モンローちゃん、織茂さんは来られなかった。みな旭川YHが青春だった。
今こうしてがんばれるのは、旭川の思い出が大きいと思った。2年後は、和歌山のれいちゃんの旅館で開催決定。みんな亡くなった父さんに世話になった連中たちだよ、父さん、素晴らしい人生だったね。わたしもまたがんばるよ。母さんのことみきやのこと、みんなのこと、見守ってね。

6月10日(日)
朝、事務所に行こうとしたら、お向かいの占いの阿部さんとばったり出会った。舞台に来てくれたのだ。立ち話をしていたら、雨が降ってきたので上に上がらせて貰い、四柱推命を占って下さった。2時間ほどもお邪魔した。わたしの考えていることを後押しして貰えた。不思議ねぇ、この十年何もなかったのに、こうして今日占って頂けたのね〜。ありがたいと思う。 午後事務所へ行き、明日の常任理事会のために「賢女〜」公演の決算を急ぐ。11時半に帰宅。またいろいろ考える。

6月11日(月)
また雨が降り出している。なんとか今、レジメを書き上げた。
今日の山場が終われば、お礼状を書いてちょっとだけお休みをいただこうと思う。皆さま、ご協力本当にありがとうございました!「賢女〜」をもっともっと育てたいと思います。また方針が決定しましたら、ご報告します。身体の痛いのはすこ〜し和らいできました。時間薬です。
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