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第98回女義太夫公演(大阪)「竹本初丸」(城谷小夜子)プロデビュー初舞台
  和の輪の代表である城谷小夜子が、このたび女流義太夫「竹本初丸」として、プロデビュー初舞台を踏むことになった。

第98回女義太夫公演
【主催】 (財)人形浄瑠璃因協会
【とき】 2008年9月6日(土)
【開演】 午後1時(開場:12時30分)
※初丸の出番は、一番初めで午後1時から約30分です。お早めにお入り下さい。
※午後4時の部もございます。
【ところ】 国立文楽劇場小ホール
大阪・地下鉄「日本橋」駅1分
【料金】 1部:2,000円(学生1,000円)
1部2部の通し券:3,000円(学生1,500円)
【お申込み】 こちらから
※160席という小さな劇場での公演です。満席になり次第売り止めとなりますので、お早めにお申し込みください。
【お問い合わせ】 info@wanowa.org

第1部の出演者と外題
竹本初丸初舞台!相方三味線は、淡路島の人間国宝・ 鶴澤友路門下「鶴澤友喜久」姉さん(30年ぶりで2006年に浄瑠璃三味線に復活された。中老格。)

1「絵本太功記 尼ケ崎の段」 竹本初丸 鶴澤友喜久
2「玉藻前曦袂 道春館の段」 竹本綾二 豊澤雛司
3「菅原伝授手習鑑 寺子屋の段(奥)」 竹本友和嘉 鶴澤友吉
4「一谷嫩軍記 討の段」 竹本越京 鶴澤寛也

鶴澤初美師匠よりのご挨拶
立秋が近づいたとはいえ、まだまだ暑い日が続いております。
城谷小夜子は、近松門左衛門の舞台を原文上演する女優として活躍しております。縁があり、近松門左衛門の舞台を手伝いましたところ、本人が、浄瑠璃を学ぶ必要を感じて、私に入門いたしました。毎月東京から三ノ宮に稽古に通い、三年になろうとしています。
この九月に、節目として、(財)人形浄瑠璃因協会主催・女義太夫公演の舞台を踏ませることにしました。
外題は「絵本太功記 尼ヶ崎の段」でございます。
お聞き苦しいこともあろうかと思いますが、初丸の初舞台を見届けていただければ幸いでございます。
皆様の御健勝を心より祈念いたします。
平成二十年八月吉日 神代初美事 鶴澤初美

城谷小夜子事 竹本初丸よりのご挨拶
みなさまにはお元気でおすごしのこととお喜び申し上げます。
日頃、応援いただいたり、お世話になったり、本当にありがとうございます。こころよりお礼申し上げます。
さて、わたくしは、近松門左衛門を深く理解し、復曲もしたい、という思いから、「心中天網島」で御出演いただいた神代初美(鶴澤初美)師匠に入門し、義太夫を修行してまいりました。
このたび、鶴澤初美師匠より、(財)人形浄瑠璃因協会主催・女義太夫公演への出演が許されることになりました。まだまだ未熟ではございますが一所懸命つとめさせていただきます。 どうぞ、よろしくお願いいたします。
末筆ではございますが、みなさまのお幸せをお祈りいたします。
平成二十年八月吉日 城谷小夜子事 竹本初丸

竹本初丸の経歴
平成十五年 鶴澤初美に入門
平成十七年    竹本初丸と名乗る
平成十七年 芸術文化センター・オープニングシリーズ
『東西女流義太夫を聴く会』(兵庫県立芸術文化センター・中ホール)「花競四季寿・万才」で初舞台
平成十八年 (財)人形浄瑠璃因協会 入会
平成二十年 第九十八回(財)人形浄瑠璃因協会主催・女義太夫公演
「絵本太功記 尼ヶ崎の段」で初参加出演
演じる場面は、口から操の嘆きまでを語らせていただきます。

演じる場面のあらすじ
本能寺の変で武智光秀(明智光秀)が主君の小田春長(織田信長)を討った日から十日目、光秀の母であるさつきは、光秀が主君を殺したことを、お家の恥じと嘆くあまり、家を出て尼崎で一人暮らしをはじめていました。
そこへ、光秀の妻操と、息子の十次郎、その許婚である初菊が訪ねてきます。初陣を前にした十次郎は、初菊と仮祝言を行い、久吉(豊臣秀吉)との戦いに出陣していきます。
この家には、旅僧に身をやつした久吉が厄介になっていました。「風呂が湧きました」という久吉。「お先に入ってください」という母のさつき。その久吉の命を奪おうと、後をつけてきた光秀は、入浴中の久吉を、竹槍で刺し殺します。
しかし、入浴していたのは久吉ではなく、母さつきでした。 母さつきは苦しみながら「たとえ将軍になっても、人の道をはずしたのだから、こうして親にも天罰が下るのだ」と、光秀を諭します。それを見た妻操も、「私があれほどおいさめ申し上げたのに、それを聞かないからだ」と嘆き悲しむのでした。

【以下の説明はウイキペディアによります。】

絵本太功記(えほんたいこうき)は、江戸中期の人形浄瑠璃。近松柳、近松湖水軒、近松千葉軒の合作で、時代物。全13段。1799年7月12日、大坂豊竹座で初演。後に歌舞伎化。

明智光秀が織田信長を討ち死にさせた後、羽柴秀吉が光秀を討つまでの史実を、『真書太閤記』『絵本太閤記』からとり脚色したもの。6月1日から13日まで、1日1段でつくられている。このうちの10段目の尼ヶ崎の段は、俗に「太十(たいじゅう)」と呼ばれる。一般的に「絵本太功記」といえば暗黙に10段目を指すほど、この段は非常に有名である。

●あらすじ
主君・尾田春永から辱められた武智光秀は、ついに耐えられなくなって謀反を決意しこれを討つ。一方、高松城主・清水宗治と対峙していた真柴久吉は、これを知ると宗治を切腹させ、急ぎ小梅川(史実の小早川)と和睦を成立させる。

だが光秀の母である皐月は、これに怒って家出してしまう。光秀は腹を切ろうとするが諫められ、久吉を討つため御所に向かう。尼ヶ崎に皐月は引きこもるが、光秀の子・十次郎とその許婚である初菊ととも祝言をあげ、十次郎は出陣する。その時ある僧が宿を求めていたが、後から来た光秀はこれを久吉と見破り、障子越しに槍で突いた。だがそこにいたのはは皐月であった。そこへ瀕死の十次郎が帰ってくる。もはや戦況は絶望的である。皐月も十十郎も死んでしまい動転した光秀の前に久吉と佐藤正清が現れ、後日天王山で再び会うことを約束し、去っていく。

●登場人物
武智光秀(たけち・みつひで)
史実の明智光秀。主君である尾田春永に辱められ、本能寺を襲いこれを討つ。

真柴久吉(ましば・ひさよし)
史実の羽柴秀吉。

尾田春永(おだ・はるなが)
史実の織田信長。本能寺で臣下の武智光秀に討たれる。

武智十次郎(たけち・じゅうじろう)
光秀の子。母は操(みさお)、妻は初菊(はつぎく)という。

皐月(さつき)
光秀の母。謀反を起こした光秀を叱る。光秀に、久吉と間違われ刺されてしまう。

※人物名を史実と異なるものにする手法は、仮名手本忠臣蔵など他の作品でも用いられている。

●概論
前半部は十次郎と初菊の恋模様。死を決意した十次郎が初菊と別れを惜しむ場面は、終戦後身内を戦争で失った観客の共感を呼んだ。「入るや月漏る片庇、ここに刈り取る真柴垣、夕顔棚のこなたよりあらわれ出でたる武智光秀」の勇壮な義太夫で、笠を取った光秀の大見得から後半部が始まる。台詞に由来して「夕顔棚の段」と呼ばれる。ここからは光秀の独り舞台である。はじめ皐月、操のクドキではじっとして瞑目しているが、演じてないようで演じる「腹芸」が要求される。十次郎の「逆族武智」の科白に「なな何と」と驚く場面や母と子の死に対しての大泣き、最後の久吉正清相手の勇壮な演技など演じところが多い。七代目市川團蔵、七代目市川中車、二代目尾上松緑など歴代の光秀役者の名舞台が現在にまで語り継がれている。

この一幕で、座頭、若衆、女形。娘役、立役、婆役など巧く登場人物の役割が分かれているために、しばしば襲名披露狂言に選ばれる。とくに1927 (昭和2)年歌舞伎座での八代目澤村訥子襲名披露狂言では、七代目中車の光秀、十五代目市村羽左衛門の十次郎、七代目澤村宗十郎の初菊、六代目尾上梅幸の操、二代目市川左團次の久吉、四代目澤村源之助の皐月、訥子の正清という最高の配役で、訥子が感激して泣いたという。

初代中村鴈治郎は十次郎の出で、草履の裏に血糊をつけた。これは戦場から帰ってきたという演出だが、流石に細かすぎると不評であった。また十次郎の出では光秀が二重屋体の上から足を踏み外すが、盲目の俳優が熱演のあまり足を踏み外したのを伴奏の三味線の機転で強い音を出したのが好評で生まれた。

お問い合わせは、NPO法人グローバルシアター和の輪へ
〒270-2252 千葉県松戸市千駄堀1695−1
Tel/047-368-1361 Fax/047-368-1361
E-mail:info@wanowa.org

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